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山本昌が感じるプロ野球"投高打低"「飛ばないボール」ではなく、投手能力を引き上げる環境の進化が要因か (4ページ目)

  • 佐藤主祥●構成 text by Sato Kazuyoshi

【"打高投低"に覆る可能性も十分にある】

 振り返ると、近年は打球が「飛ぶ」「飛ばない」で議論が起こっていますが、僕自身、現役時代はボールの影響をあまり感じなかったように思います。というのも、1980年代後半から2000年代前半にかけては、まだどの球場もそんなに広くなかったんですよ。広島市民球場(現・MAZDA Zoom-Zoomスタジアム広島)やナゴヤ球場(現・中日2軍本拠地)、神宮球場は狭く、東京ドームがいちばん広い球場でしたから。

 甲子園は比較的広かったですが、ポール側にはけっこう簡単に打球が入ってしまうので、どの球場でもボールが飛ぶかどうかは関係なく、バットの芯に当てられたらスタンドイン、という印象でした。ですので、ボールの影響どうこう、という感覚はありませんでしたね。

 ボールに関しても、球場によってメーカーが違ったんですよ。関東で試合をする時はこのボール、関西でする時はこのボールというように、地域やチームでメーカーが違うこともありました。

 なかでも手にしっとり馴染むようなミズノのボールを使用していた東京ドームでは、すごく投げやすかったです。とはいえ、東京ドームは打球が飛びやすいので一発に対する恐怖心もありましたが。ほかにも神宮球場で使うボールは「けっこう滑るなぁ」と思いながら投げていましたし、いろんなメーカーのボールが各球場で使われていましたね。

 いまは12球団統一のボールになりましたし、どの球場も広くなりました。なので、当時のバッター心理と比べると、いまの選手は「長打を打つのは難しい」というマイナス思考でバッターボックスに入っているのではないかと。その可能性を考えてしまいます。

 ただ、これから本格的に夏の季節に入ってくると、暑さでピッチャーがバテるのは早くなりますし、バッターは汗が出ることでバットが振れるようになってくる。いまは3割バッターや全体的な長打は少ないですけど、シーズンが終わるころにはもう少し増えているとは思いますし、"投高打低"が逆転する可能性だって大いにあると思いますよ。

【Profile】
山本昌(やまもと・まさ)/1965年生まれ。神奈川県出身。日大藤沢高から1983年ドラフト5位で中日に入団。5年目のシーズン終盤に5勝を挙げブレイク。90年には自身初の2ケタ勝利となる10勝をマーク。その後も中日のエースとして活躍し、最多勝3回(93年、94年、97年)、沢村賞1回(94年)など数々のタイトルを獲得。2006年には41歳1カ月でのノーヒット・ノーランを達成し、14年には49歳0カ月の勝利など、次々と最年長記録を打ち立てた。50歳の15年に現役を引退。現在は野球解説者として活躍中。

【フォト】甲子園を彩ったスター選手たち 〜「白球永劫」

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