江川卓から通算9本塁打の理由を田代富雄が明かす「クセがわかっていた。だから打てたんだ」
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野球に関して、うまく表現できないものを挙げろと言われれば、江川卓のボールもそのひとつかもしれない。一流のプロ野球選手がいろいろな投手の球を見てメディアにたくさんのコメントを残しているにも関わらず、江川の球だけはみんなが判で押したような表現しかしていない。
「とにかく質が違う」
「伸びがすごい」
「打てないじゃなくて当たらない」
作新学院時代からずっと同じように表現されてきた。異次元の球を見せられると、思考回路が止まってしまうのだろうか。
80年に35本塁打を放つなど大洋の主砲として一時代を築いた田代富雄 photo by Kyodo Newsこの記事に関連する写真を見る
【スピードよりも空振りを奪いたい】
田代富雄と江川の通算対戦成績を見ると、124打数30安打(打率.242)、19打点、9本塁打。特筆すべきは、ホームランを9本も打っているところだ。田代はしみじみと述懐する。
「当時よく言われたのは、江川の球は初速と終速の差がない。決してしなやかっていう投げ方じゃないんだけど、球の回転がきれいだった」
球速には初速と終速があり、初速は手からボールが離れた瞬間の速度で、終速はキャッチャーミットに収まる直前の速度である。現在は初速のみが表示されているが、70年代後半は終速が出ていた。その時代の映像を見ると、見た目には150キロ近いボールに見えても、表示された球速は130キロ台というのが多かった。
2000年代以降、スポーツ科学のテクノロジーの発展により野球がより高度に多角的に分析され、いろんなことがわかってきた。江川は、自らのストレートについてこう言及する。
「スピン量が多くなると、重力に逆らうことになるのでボールが落ちていかない。わかりやすく言うと、伸びるってことなんですけど、伸びるがゆえに空気抵抗は多くなりますのでスピードは落ちます。だからスピードを出そうと思えば、ツーシームにして抵抗力を受けないように低めに投げればいいんです。でも、そういうのはあまり好きじゃない。スピードだけを追い求めようとは思わない。やっぱり、ストライクゾーン内でスピンさせたボールが落ちずに浮き上がってくるような感覚で、空振りを奪いたい気持ちが強いですから」
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著者プロフィール
松永多佳倫 (まつなが・たかりん)
1968 年生まれ、岐阜県大垣市出身。出版社勤務を経て 2009 年 8 月より沖縄在住。著書に『沖縄を変えた男 栽弘義−高校野球に捧げた生涯』(集英社文庫)をはじめ、『確執と信念』(扶桑社)、『善と悪 江夏豊のラストメッセージ』(ダ・ヴィンチBOOKS)など著作多数。