篠塚和典だけが知っている「元気ハツラツ」中畑清の素顔「ミスターをかなり意識していた」 (2ページ目)

  • 浜田哲男●取材・文 text by Hamada Tetsuo

【余裕がなかった地獄の「伊東キャンプ」】

――ふたりとも、若手選手を鍛える地獄のキャンプとして語り継がれている「伊東キャンプ」に参加していましたが、励まし合う、といったことはありましたか?

篠塚 ノックや坂道のランニングなど毎日が本当にハードでしたから、周囲のことを気にする余裕はなかったです。ミスターの練習についていくのが精一杯で、とにかく自分に負けないように、離脱しないように、という気持ちで取り組んでいました。

 練習が終わった直後は自力で立つのもやっとでしたし、宿舎に戻ったら少しのんびりして食事をして......その間に、選手同士で話をすることはなかったです。「話すのも面倒だ」と感じるほど疲れていましたね。キャンプ当初の一週間くらいは、食事の後にミーティングをしていて、土井正三さん(当時の守備走塁コーチ)たちが話すのですが、意識が朦朧として眠たくて......何を話していたのかわかりませんでしたよ(笑)。

――少ない休日ですら、選手たちは疲れていて外出しなかったとも聞きます。

篠塚 余力なんてまったくなかったですし、外で気晴らしする気力はなかったです(笑)。それと、キャンプは飲酒が一切禁止だったんですよ。食事の時に飲むお酒を息抜きにしていた選手もいたと思いますが、それができなかったので余計につらい部分があったんじゃないでしょうか。

 ただ、一週間後に青田昇さん(当時のヘッドコーチ)がキャンプに合流した時に、「なんで酒が出ないんだ?ビール1本ぐらいは出してやれよ」と提言されて、それからお酒が出るようになったんです。青田さんは、お酒を飲む方でしたからね。

【篠塚にはわかった、中畑の繊細な部分】

――中畑さんの話に戻りますが、グラウンドの中でも外でも変わりませんか?

篠塚 ほとんど変わりませんし、いつも明るいです。だけど、すごく繊細な面もあって、そこはあまり他人に見せないんですよ。けっこう考え込むタイプで、周りを見て気を遣うというか。

 みんなの前ではワイワイとお祭りみたいな感じで盛り上げたり、努めて明るく振舞っていますが、「今、何かを考えているな」という表情を何度か見たことがあります。自分は、中畑さんと一緒にいた時間が長かったからそう感じていますが、基本的に繊細な面は表に出しませんから、ほとんどの人は気づいていなかったんじゃないですかね。

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