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【Jリーグ連載】「怒られないし、指示されない」元祖・天才が語る、他とは一線を画していた読売クラブの指導哲学

  • 浅田真樹●取材・文 text by Asada Masaki

東京ヴェルディ・アカデミーの実態
~プロで戦える選手が育つわけ(連載◆第34回)

Jリーグ発足以前から、プロで活躍する選手たちを次々に輩出してきた東京ヴェルディの育成組織。その育成の秘密に迫っていく連載の第3章。ここからは、同クラブのアカデミーで育ち、指導者としても後進の育成に尽力してきた菊原志郎氏と冨樫剛一氏が、同アカデミーの歴史、伝統、環境、哲学、本質......すべてを語り尽くしていく――。

読売クラブのアカデミー時代を振り返る菊原志郎氏 photo by Takahashi Manabu読売クラブのアカデミー時代を振り返る菊原志郎氏 photo by Takahashi Manabuこの記事に関連する写真を見る

第33回◆東京ヴェルディ・アカデミーからなぜ天才が生まれるのか>>

 Jクラブのみならず、いわゆる街クラブが日本全国に数多く存在する現在、育成年代の指導においても、その標準レベルは上がった。当たり前になっている常識が増えた、と言い換えてもいいだろう。

 たとえば、周りをよく見ること。

 首を振る、などと表現されることもあるが、つまりは、周囲の状況をしっかり把握してプレーしよう、ということだ。今では育成年代の指導における、"いろは"の"い"かもしれない。

 ところが、小学生時代から読売クラブで育った菊原志郎(現FC今治U-12監督)には、コーチから「周りを見ろ」などと言われた記憶がない。だからといって、菊原が周りを見ることの重要性に気づいていなかったかと言えば、そうではない。

 なぜなら、菊原いわく、「相手のプレッシャーは速いし、いろんなところからボールをくれって言われるし、常に(周りを)見ざるを得なかった」からだ。

「なにしろ、見て感じ、頭で考える。そうやって、いろんなチャレンジをしていく。その繰り返しでした。そのなかで読売がよかったのは、子どものアイデアとか、発想とかを、すごく大事にしてくれたこと。子どもがいろんなことにチャレンジできるし、失敗しても、何度でもやれる。その環境がすごくよかったと思います」

 当時はまだ、一般論で言えば、スポーツの現場に根性主義が強くはびこっていた時代である。だからこそ、と言うべきか、菊原は「(読売では)怒られないし、指示されないから、サッカーが面白くてしょうがなかった」という。

「自分で考えて、何でも試せる。その環境が子どもたちの脳を発達させて、体の動きを発達させて、テクニックを発達させていった。やればやるほど、それが自然と身についていくっていう感じでした」

 読売の指導法は、他とは一線を画していた、と言ってもいいだろう。

「他の少年団とかは、一生懸命走って、蹴って、怒られてっていうサッカーをやっていたなかで、僕らは相手をよく見て、細かくパスをつないで、どうやって崩していくのかっていうことを徹底してやっていた。外から見ると、ちょっと不思議なチームだったんじゃないですか」

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