ヤクルトの反撃のキーマンとなるか 新外国人「ペコちゃんとパダちゃん」はなぜ日本野球にアジャストできたのか? (3ページ目)
ヤフーレは3勝目を挙げた試合後のインタビューで、「試合を楽しめているのが、勝てている要因です」と答え、それが印象に残っている。
「楽しむことも自分の原点で、打者との対戦や競争などを楽しめれば、自分のパフォーマンスを発揮できます。日本で野球をして感じたのは、勝ちにこだわるところが楽しいですね。そのためにチームがひとつになって戦っています。自分の結果が出なかった時でも、誰かが活躍すれば喜ぶし、喜んでくれる。そのことでいろんな人と仲良くなれる。とても楽しいですよね(笑)」
そして続けて、「バッティングも楽しいですね」と笑顔を見せた。
「アメリカでは2年ほど前に打席に立ったのが最後だったのですが、日本ではピッチャーが打てばスタンドもベンチも盛り上がります。そこが新鮮ですし、僕も早くヒットを打ちたい(笑)」
※その後、4月29日の巨人戦の第2打席でレフト前に来日初ヒット
ヤフーレは真っ赤な頬っぺたが印象的で、伊藤智仁コーチから「ペコちゃん」の愛称を授かり、チームにすっかり溶け込んでいる。
そしてエスパーダも、ファンから「パダちゃん」の愛称で呼ばれ、日本の野球を楽しめているようだ。ブルペンでは、ブルペン捕手と仲睦まじい光景を見ることがある。
「ブルペンは家族だと思っています。もちろん集中する時はしますけど、それ以外はみんなと仲良くさせてもらっています。日本に来て、初めて組織で動く経験をしているのですが、たとえばストレッチとかでも、みんなで時間をかけてする。試合に向けていい準備ができますし、すべてが新鮮で、新しい経験として日々学んでいます」
石井コーチは、ふたりへの期待についてこう話した。
「エスパーダはこの先、勝ちゲームでも多く投げて抑えができるくらいに成長してほしいですし、ヤフーレは去年の(ディロン・)ピーターズの6勝の穴というか、いろいろな課題を克服しながらふた桁勝ってほしいですね。なにより、ケガなく1年間戦ってくれることが、チームにとって一番だと思っています」
ヤフーレとエスパーダが課題を克服し、投げるたびに成長していけば、チームの順位もひとつ、またひとつと上がっていくはずだ。
プロフィール
島村誠也 (しまむら・せいや)
1967年生まれ。21歳の時に『週刊プレイボーイ』編集部のフリーライター見習いに。1991年に映画『フィールド・オブ・ドリームス』の舞台となった野球場を取材。原作者W・P・キンセラ氏(故人)の言葉「野球場のホームプレートに立ってファウルラインを永遠に延長していくと、世界のほとんどが入ってしまう。そんな神話的レベルの虚構の世界を見せてくれるのが野球なんだ」は宝物となった。以降、2000年代前半まで、メジャーのスプリングトレーニング、公式戦、オールスター、ワールドシリーズを現地取材。現在は『web Sportiva』でヤクルトを中心に取材を続けている。
3 / 3