「牛島和彦は生意気だ!」のイメージは権藤コーチの策略。「オレの足元にグラブを叩きつけて、ロッカーに帰れ」で生まれた (3ページ目)
── どういうことですか?
牛島 ピッチング練習をしていたら僕の横に権藤さんがやって来て、「おい、オレの足元にグラブを叩きつけて、そのままロッカーに帰れ」って言うんです。そして、「これで、おまえ、明日の新聞の一面だぞ」って。だから、実際にやりましたよ(笑)。今から思えば、それはイメージづくりだったんでしょうね。「コーチに反抗するほど、牛島は気が強い」というイメージをつくりたかったんだと思います。
星野仙一にかわいがられた日々
── 当時現役だった星野仙一さんにも、すごくかわいがられたと聞きました。
牛島 入団以来、星野さんはずっとかわいがってくれました。当時、一軍ベンチでは僕が最年少だったんで、タオルを出したり、水を用意したり、いろいろ星野さんのお世話もしました。途中降板して、星野さんが投げつけて割れてしまった湯飲み茶碗を片づけるのも僕の役目でした。だから、途中から陶器製をやめて割れない湯飲みに変えました(笑)。すぐに元の割れる湯飲みに戻したけど。
── どうして、わざわざ割れる湯飲みに戻したのですか?
牛島 星野さんが湯飲みを投げつけた時に割れなかったんです。いくら投げつけても割れないから、星野さんがさらに怒って、「オレが金を出すから、割れる茶碗を買ってこい!」って言われたので、元に戻したんです(笑)。
── 当時、現役選手だった星野さんはまだまだ血気盛んでしたでしょうからね(笑)。
牛島 ある時、試合途中に星野さんがいなくなったんです。試合中なのに、姿を消してしまって、ベンチ内では「星野がいないぞ!」って大騒ぎになったんです。僕ももちろん探しに行ったんですけど、お風呂で音がしたので覗いてみたら星野さんがいたんです。
── まだ「交代」を告げられたわけではないのに?
牛島 そうです(笑)。でも、もう星野さんはお風呂に入っていて投げられないから、「おい、誰が次投げるんだ?」となるわけです。すると、みんなが僕を向くわけです。いちばん若かったから。それで、僕が急遽登板することになったんです。
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