ドラフト1位が30歳で戦力外。片山博視が諦めずに語っていたこと (3ページ目)
そして2015年、春のキャンプで再び左ヒジを痛め、野手に転向。オフには育成契約となった。それでも、翌年春のキャンプの紅白戦で特大のホームランを放ち、スポーツ紙に大きく報じられることもあった。
かつて夢を見た「打者・片山」の才能が一気に開花するのではないか......そんな期待を抱いたが、現実は厳しかった。打者転向はわずか1年で終了し、翌年には再び投手に戻った。
左ヒジが回復し、自ら志願しての再転向というニュアンスの記事も一部あったが、チーム事情が最優先されたことは明らかだった。あのときの"投手復帰"を片山はどうとらえていたのだろう。今さらではあったが聞いてみた。
「球団の人といろいろ話をして戻りました。最終的に決めたのは自分ですけど、チームからピッチャーとして必要としてもらっているので戻ろうと......」
思うところは多分にあっただろう。結局、昨シーズンは支配下登録されることなく、ファームで11試合(8回1/3イニング)に投げたのみ。その時点で「覚悟していました」という状況であったが、何とかクビはつながった。
ところが、今春のキャンプでまたしても左ヒジが悪化。3月に手術を決断した。過去の例では、トミー・ジョン手術を受けた選手は実戦復帰までに少なくとも1年近くを要する。つまり手術を決断した時点で、片山の楽天でのキャリアは終わったも同然といえた。
本人を前にすると、どうしても「打者・片山」の思いが消えず、また聞いてしまった。そもそも、プロ入りと同時に打者としてやっていくつもりはなかったのかと。すると片山はすかさず返答した。
「そういう風に思いたくなかったですね。どういう結果であれ。それに同期には銀次という凄いバッターがいましたし、彼と勝負して勝てるとは思えなかった」
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