2017.06.12

日米2000本の青木宣親をめぐる、
偉大な恩師との「背番号秘話」

  • 長谷川晶一●文 text by Hasegawa Shoichi
  • photo by Getty Images

ヤクルトの誇る、輝かしき「背番号《1》の系譜」

 東京ヤクルトスワローズには、「準永久欠番」と呼ばれる特殊な背番号がある。巨人・長嶋茂雄の《3》や、王貞治の《1》のような永久欠番と違って、「もしも、その番号に相応しい選手が現れればつけることが許される」という準永久欠番。それが、ヤクルトの背番号《1》。つまりは「ミスタースワローズの系譜」なのだ。

 ヤクルトにおいて、背番号《1》の価値を飛躍的に高めたのが、「小さな大打者」こと若松勉だった。ミスタースワローズと称された若松は生涯通算打率・319を記録。日本人打者としては最高成績を誇っている。後に監督に就任し、球団史上初となる4年連続Aクラスを達成。2001年には日本一監督として、正力松太郎賞にも輝いた。

小さな体で日米2000本の偉業を達成した青木宣親

 この若松(1972〜1989年)以降の背番号《1》は、池山隆寛(92〜99年)、岩村明憲(01〜06年)、青木宣親(10〜11年)に受け継がれ、現在では「トリプルスリー」山田哲人(16年〜)がこの番号を背負って、プレーを続けている。

「背番号《1》の系譜」を振り返ってみると、この5名の中で、通算2000安打を達成し、名球会メンバーであるのは若松勉だけだった。しかし、このたび、ついに2人目となる2000安打達成者が現れた。4代目ミスタースワローズの青木宣親(現ヒューストン・アストロズ)が、ついに日米通算2000安打を達成した。まさに、ヤクルトの誇る背番号《1》の系譜に新しい未来が訪れようとしているのだ。