検索

甲子園を震撼させた"21世紀の怪物"寺原隼人 158キロを叩き出す直前に見せた剛速球の衝撃 (5ページ目)

  • 安倍昌彦●文 text by Masahiko Abe

 そして今夏、母校の日南学園は8年ぶりの甲子園出場を果たした。胸元にエンジ色で力強く刺繍された「日南学園」の筆文字を見るたび、私の頭には、あの日のブルペンがよみがえる。真横から見ていたら、「白線」すら見えなかった快速球。最後の1球をミットの真っ芯で受けたときの、手のひらに残った衝撃。

 そして──。

「ナイス、キャッチャー!」

 25年たった今でも、あの声は、寺原の快速球と同じぐらい鮮明に耳の奥に残っている。


寺原隼人(てらはら・はやと)/1983年10月9日生まれ、宮崎県出身。日南学園高3年夏の甲子園で非公式ながら最速158キロを記録し、2001年ドラフト1位でダイエー(現・ソフトバンク)に入団。その後、横浜(現・DeNA)、オリックス、ソフトバンク、ヤクルトを渡り歩き、NPB通算73勝をマーク。2019年限りで現役引退し、現在はソフトバンクの三軍投手コーチを務めている。

著者プロフィール

  • 安倍昌彦

    安倍昌彦 (あべ・まさひこ)

    1955年、宮城県生まれ。早稲田大学高等学院野球部から、早稲田大学でも野球部に所属。雑誌『野球小僧』で「流しのブルペンキャッチャー」としてドラフト候補投手のボールを受ける活動を始める。著書に『スカウト』(日刊スポーツ出版社)『流しのブルペンキャッチャーの旅』(白夜書房)『若者が育つということ 監督と大学野球』(日刊スポーツ出版社)など。

フォトギャラリーを見る

5 / 5

  • Googleで優先するソースとして追加

Googleの「優先ソース」について

キーワード

このページのトップに戻る