【高校野球】「怒られてもいいと思ってる」 昨夏優勝の沖縄尚学のエース・末吉良丞が比嘉監督を恐れない理由 (2ページ目)
【全国の名だたる強豪校から勧誘】
浦添市立仲西中では軟式野球部でプレー。最速145キロを計測し、県内外の名だたる強豪校から声をかけられた。そのなかには、誰もが知る全国屈指の名門も複数あった。だが、末吉は「とりあえず沖縄でやりたい」と、顧問を通して県外の高校に断りを入れたという。
沖縄尚学からは熱心に誘いを受けたわけではない。きっかけは同地区でプレーした慶留間大武(けるま・だん)だった。
「県内の別の高校に行こうと思っていたんですけど、慶留間から尚学に誘ってもらって。慶留間は小学生の頃からの知り合いで、お兄さんが尚学でプレーしていたんです。比嘉先生は自分と同じ左ピッチャーだし、U−18代表のコーチもしていました。この人に教わりたいと思って、自分から入れてくださいとお願いしました」
末吉が言うように、比嘉監督は自身も左投手として活躍し、1999年春のセンバツで沖縄県勢初となる甲子園優勝を経験している。母校の監督になってからは、東浜巨(ソフトバンク)ら好投手を次々に育成した実績がある。
末吉は1年時から公式戦のマウンドに立ち、秋には九州大会で優勝。2年時は甲子園に春夏連続出場し、前述の通り夏は優勝している。誰もが順調な道を歩んでいるように見えたはずだ。
だが、末吉は当時の自分自身をショッキングな言葉で表現した。
「ただの勘違い野郎でした」
末吉は重圧に押しつぶされそうだった日々について、口を開いた。
著者プロフィール
菊地高弘 (きくち・たかひろ)
1982年生まれ。野球専門誌『野球小僧』『野球太郎』の編集者を経て、2015年に独立。プレーヤーの目線に立った切り口に定評があり、「菊地選手」名義で上梓した『野球部あるある』(集英社/全3巻)はシリーズ累計13万部のヒット作になった。その他の著書に『オレたちは「ガイジン部隊」なんかじゃない! 野球留学生ものがたり』(インプレス)『巨人ファンはどこへ行ったのか?』(イースト・プレス)『下剋上球児 三重県立白山高校、甲子園までのミラクル』(カンゼン)など多数。
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