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天才肌の裏にあった積み重ね 宮﨑敏郎は社会人野球で磨かれた「振れる力」と「バットを折らない技術」で二度の首位打者に

  • 佐々木亨●文 text by Sasaki Toru

ダイヤの原石の記憶〜プロ野球選手のアマチュア時代
第28回 宮﨑敏郎(DeNA)

 あれは12年前の初夏だったか。社会人野球の都市対抗野球大会・東京都二次予選。大田スタジアムの一塁側スタンドで、ふいに背後から声をかけられた。

「お疲れさまです」

 声の主は2011年から2年間、社会人野球のセガサミーで過ごした宮﨑敏郎だった。横浜DeNAベイスターズに入団して2年目を迎えていた宮﨑は、シーズンの合間を縫って古巣の応援に駆けつけていた。かつてのチームメイトたちが、本大会出場をかけて必死にプレーしている。その光景をグラウンド越しに見つめながら、宮﨑はぼそっとつぶやいた。

セガサミーからドラフト6位でベイスターズに入団し、二度の首位打者を獲得した宮﨑敏郎 photo by Nikkan sportsセガサミーからドラフト6位でベイスターズに入団し、二度の首位打者を獲得した宮﨑敏郎 photo by Nikkan sportsこの記事に関連する写真を見る

【ノーヒットの試合はほとんどない】

「やっぱり、社会人野球っていいですね......」

 ちょうどその頃、宮﨑は二軍でプレーしていた。同年4月の一軍戦で、守備機会の際に大きなミスをおかし、即座に二軍降格。その後も一軍に定着することはできず、結局そのシーズンの一軍出場は5試合にとどまった。宮﨑にとってプロ2年目は、まさにプロ野球人生における試練の時期だったと言える。

 そんな折、自分自身を取り戻すかのように、そして原点を見つめ直すかのように、宮﨑が口にした言葉が今でも忘れられない。

 大田スタジアムの風に溶け込むように響くその言葉を耳にした3年前の春、宮﨑はセガサミーに入社した。

 スタンス幅を極端に狭め、当時はバットを右肩寄りに構える独特のフォーム。スイングの始動でグリップの位置をわずかに下げる、いわゆるヒッチと呼ばれる動作からトップをつくり、豪快にバットを振り抜く打撃は、入社間もない頃から強烈な印象を残していた。周囲の選手と比べても、打球の質は圧倒的に違っていた。

「スイングスピード、一発で仕留める能力。これくらいの技術を持っている選手なら、プロで活躍するだろうなと思っていました」

 そう振り返るのは当時、宮﨑ともに現役として活躍していたセガサミーの城下尚也(現・チーフマネージャー)だ。さらに城下が言葉を加える。

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著者プロフィール

  • 佐々木亨

    佐々木亨 (ささき・とおる)

    スポーツライター。1974年岩手県生まれ。雑誌編集者を経て独立。著書に『道ひらく、海わたる 大谷翔平の素顔』(扶桑社文庫)、『あきらめない街、石巻 その力に俺たちはなる』(ベースボールマガジン社)、共著に『横浜vs.PL学園 松坂大輔と戦った男たちは今』(朝日文庫)などがある。

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