優勝候補のはずがまさかの最下位...井上大仁はMGCで前回のリベンジを狙う「ネガティブな気持ちが少しでもあると一気に崩れてしまう」 (3ページ目)

  • 佐藤俊●文 text by Sato Shun
  • photo by 築田 純/アフロスポーツ

 その大迫が走った東京五輪はテレビで観戦していた。目に飛び込んできたのは、アフリカ勢の切り替えのスピードであり、終盤の強さだった。

「大迫さんが6位に入賞しましたが、高速化しているレースで日本人が表彰台を狙える夢を見られる走りをされていたので、すごく刺激になりました。あと、キプチョゲ選手(ケニア)の圧倒的な強さを目撃できたことが大きな収穫でした。アフリカを含め海外の選手がいるレースでは、30キロ以降のよーいドンについて行って勝つぐらいじゃないとメダルを獲得できない。そのために自分が何をすべきなのかというのをすごく考えさせられました。レベルは相当高いですけど、上を目指し続けるかぎりはチャレンジしていきたい気持ちがより強くなったんです」

 そのテレビで見た舞台が、もう来年にはやってくる。井上にとって、パリ五輪はどういう位置づけなのだろうか。

「ひとつの集大成ではあると思います。ただ、これがラストとか重く考えすぎたり、オリンピック主義みたいな考えになってしまうと、それこそ五輪に出たら燃え尽きて、その先がなくなってしまう。五輪は、日本の代表として出たい、今までやってきたことをぶつけたいという気持ちだけですね」

 そのパリに立つためには、まずMGCを制することが必要になってくる。前回のレースでは集中してレースに臨めず最下位に終わった。その経験を活かして、今年の秋に戦うことになるが、どんなレースになると考えているのだろうか。

「読めないというのがほんとのところですね。あとは、どれだけ自分の力を出しきれるかということだと思います。切り替えられる感覚やラストを走れる自信があっても、周囲の状況とかでそれが出せないとズルズルいってしまう。勝負所や自分が決めたところで行けるかどうかがすごく重要になってくると思いますね」

 MGCの出場者は増え続け、前回の27名を大幅に超えた。出場選手の顔ぶれも非常に個性的で、力がある選手が多い。

「出場する僕らからすると増えていっているなって思いますね(苦笑)。前回よりもさらに混戦になるかどうかわからないですが、少なくとも前回と違ったレースになると思います」

 チーム内には、MGCで競う選手も出てくる。今のところ三菱重工からは井上の他に定方俊樹、山下一貴が出場予定だ。

「練習ではチームメイトとバチバチやっていますけど、彼らのレベルアップが自分の心を少し軽くしてくれているところがあるんです。今までは自分がなんとかしなきゃいけないという気持ちが強かったんですが、選手が伸びてきていることで、ある程度任せたり、キツイ時には頼ってもいいかなって思えるようになってきました。同じチームで強くなっていくのは理想的ですし、チームが成長していくのはうれしいですけど、そのなかでも自分が勝ちたいという気持ちはやっぱり大きいですね(笑)」

 負けず嫌いの表情を見せる井上だが、その視線は自分の足元だけではなく、もう少し先を見ている。

「自分が挑んで到達してきたところが高ければ高いほど、充実感や満足感など得られるものが大きいと思うんです。そうした挑戦が、日本のマラソンが世界に勝てるようになるための一助になればいいかなって思っています」

プロフィール

  • 佐藤 俊

    佐藤 俊 (さとう・しゅん)

    1963年北海道生まれ。青山学院大学経営学部卒業後、出版社を経て1993年にフリーランスに転向。現在は陸上(駅伝)、サッカー、卓球などさまざまなスポーツや、伝統芸能など幅広い分野を取材し、雑誌、WEB、新聞などに寄稿している。「宮本恒靖 学ぶ人」(文藝春秋)、「箱根0区を駆ける者たち」(幻冬舎)、「箱根奪取」(集英社)など著書多数。

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