小田凱人の鼻を折った宿敵ヒューエットの執念 車いす版「フェデラー/ナダル」のライバル物語
「伸びかけていた鼻が、折れた感じですかね......」
小田凱人がそう言ったのは、全豪オープン車いす部門の決勝戦敗戦後に行なわれた囲み会見でのことである。
いつもは勝敗のいかんにかかわらず言語化の巧みな彼が、この時は、言葉数が少なかった。質問には「そうですね」「そんな感じです」と短く応じ、敗因は「力が出せなかった」と言うのみ。
ただ、「この敗戦をどうとらえるか?」と問われた時、彼は前述のひと言を口にした。昨年8月に開催されたパリ・パラリンピックで激闘の末に金メダルを獲得し、18歳にして「パラ競技の革命児」となった彼が、絞り出した本音のように響いた。
ヒューエットと小田凱人の対戦成績はほぼ互角 photo by AFLOこの記事に関連する写真を見る 今大会の決勝戦で、小田の「伸びかけていた鼻」を折ったのは、パリ・パラリンピックでも決勝を戦ったアルフィー・ヒューエット(イギリス/27歳)である。ヒューエットは、小田が17歳で更新する前の最年少世界1位記録者。国枝慎吾のキャリア終盤における最大のライバルであり、小田にとっては国枝と並び、少年時代に憧れた存在でもあった。
15歳でのプロ転向会見で「これからはみんながライバル。憧れの選手はいない」と断言した小田だが、それは換言すれば、上位選手たちに羨望の目を向けてきたということだろう。
小田がヒューエットへの思いを公(おおやけ)の場でまっすぐに口にしたのは、ちょうど1年前の全豪オープン。決勝でヒューエットを破り、同大会初のタイトルを手にした時だった。
「13歳の時に、初めて練習させてもらった時の興奮だったりワクワク感は、今でも思い出すとうれしかったりする」
そう明かした彼は、友人に「俺、ちょっとヒューエットと打ってきたぜ!」と自慢したという、少年らしいエピソードも照れ臭そうに口にしていた。
そのかつての憧れのヒューエットにも、小田は今大会前までは5連勝。公式戦全体で見ても、昨年7月のウインブルドン以降は負け知らず。早くも孤高の王者への道を歩み始めた彼は、今大会では「表現者でありたい」「頭ひとつ抜けた状態でいたい」と、勝利の先を見据えている様子だった。
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著者プロフィール
内田 暁 (うちだ・あかつき)
編集プロダクション勤務を経てフリーランスに。2008年頃からテニスを追いはじめ、年の半分ほどは海外取材。著書に『錦織圭 リターンゲーム』(学研プラス)、『勝てる脳、負ける脳』(集英社)など。