横綱・大の里が成し遂げた史上最速昇進の裏に、二所ノ関親方からの「稽古の貯金はないぞ」との檄と徹底した下半身強化
5月30日、東京・明治神宮で行なわれた新横綱・大の里の奉納土俵入り photo by JMPA
前編:新横綱・大の里に継がれた4代横綱の系譜
アマ横綱として角界入りを果たした大器が史上最速のスピードで横綱に。第75代横綱となった大の里は、恵まれた体躯とスピード、技術ともに過去に例を見ないスタイルを誇るが、その強さの背景には、元横綱・稀勢の里の二所ノ関親方から受けた薫陶があった。
最高位に到達としたとはいえ、力士としてはまだまだ進化の途中。横綱昇進伝達式での口上にあった「唯一無二」の存在となるべく、これからも精進を続けていく。
【「唯一無二」に込められた思い】
何度も綱取りに挑みながら、そのたびに白鵬という最強横綱の厚い壁に阻まれてきた稀勢の里は、横綱昇進を決めるのに新入幕から73場所も要した。これは初代琴櫻の60場所を大きく上回る断トツ1位の記録だ。そんな超スロー出世の横綱のもとから、入門から所要わずか13場所、新入幕からは大鵬の11場所を抜く所要9場所という史上最速で、横綱が誕生した。
部屋を創設して4年足らず。「部屋を始めてから一つの目標を掲げてやってきて、ようやく一つかなったのかなと。これからも強い弟子を育ててきたい」と元横綱・稀勢の里の二所ノ関親方も感慨はひとしおだ。
体格と素質に恵まれていたとはいえ、大の里はたゆまぬ努力と、短期間ではあったが、師匠の薫陶を十分に受けながら角界最高位に上り詰めた。
「記録的には早いと思うけど、一場所、一場所の経験が身になったし、スピード出世は意識してなかった。入門したときから、『最終的にどこにいるかだ』という親方の言葉を信じてやってきて、一番上の番付の横綱に昇進することができた。うれしいけど、これからだと思っているので、しっかり頑張っていくことが大事だと思う」
記録ずくめのスピード昇進であったが、そう語る大の里の表情は笑顔でありながらキリッと引き締まっていた。江戸時代から過去74人しか背負ったことがない地位の重みを新横綱は早くもひしひしと感じているようでもあった。
「僕は横綱時代、とても自慢できる結果でもなかったですから。そのなかで経験できたことを少しでも伝えていければ。僕のマネをしなければ大丈夫だと思うんで(笑)」とケガに泣かされ続け、横綱としては短命に終わった師匠は、自嘲気味に自身の横綱在位中を振り返りながら、まな弟子に期待を寄せる。
「横綱の地位を汚さぬよう稽古に精進し、唯一無二の横綱を目指します」
夏(5月)場所千秋楽から3日後の横綱昇進伝達式で、第75代横綱に推挙された大の里は力強く口上を述べた。当初、大関昇進時の伝達式の口上にもあった「唯一無二」は入れない予定でいたが、「何がいいかなと考えた結果、やはり自分にはこの言葉しかないと思って入れました」と大関昇進に続き、今回も同じ文言を使うことになった。
192センチ、191キロの巨漢でありながら、相手を一気の速攻で根こそぎ持っていくパワーとスピードを兼ね備えた大の里の相撲ぶりを、過去の横綱に照らし合わせてみても、似たようなタイプの力士は見当たらない。今の相撲をさらに磨いていき、優勝回数を重ねていけば、数年後にはまさに「唯一無二」の強さを誇る大横綱として君臨しているであろう。
「まだまだ未知な世界と思っているので口上でも言ったとおり、唯一無二の横綱を目指して、これから頑張っていきたい」と新横綱はこれからも師匠の指導を仰ぎながら、さらに進化を遂げていくことを誓った。
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著者プロフィール
荒井太郎 (あらい・たろう)
1967年東京都生まれ。早稲田大学卒業。相撲ジャーナリストとして専門誌に取材執筆、連載も持つ。テレビ、ラジオ出演、コメント提供多数。『大相撲事件史』『大相撲あるある』『知れば知るほど大相撲』(舞の海氏との共著)、近著に横綱稀勢の里を描いた『愚直』など著書多数。相撲に関する書籍や番組の企画、監修なども手掛ける。早稲田大学エクステンションセンター講師、ヤフー大相撲公式コメンテーター。