「負けました」と言った羽生結弦の
金メダル。ソチで起きた五輪の魔力 (5ページ目)
金メダルを獲得して笑顔を見せる羽生 photo by JMPA(Noto Sunao) それほどまでに、当時のチャンは強かった。5位に入賞したバンクーバー五輪以降、抜群の安定感で常に3位以内をキープし、2011年からの"世界選手権3連覇"という肩書きを引っさげてソチ五輪に臨んでいた。
SPで羽生と約4点差の2位につけていたチャンが、いつも通りにフリーを演じて金メダルを獲るだろうと、羽生本人も諦めていたのだろうが......。冒頭のコンビネーションジャンプを決めてからは、チャンらしくない細かいミスを重ねてしまう。
羽生の失敗のイメージが頭に残っていたのか、五輪の頂点が見えたことによるプレッシャーがチャンの動きを狂わせたのか。いずれにせよ、"五輪の怖さ"が凝縮された戦いを経て、羽生は日本男子フィギュア初の金メダルを手にした。
平昌五輪には、そんな羽生の背中を追って急成長した宇野昌磨が、団体戦SPに出場して堂々たる滑りを見せた。一方、ケガで"一発勝負"となった羽生も、五輪2連覇に向けて集中力を高めているに違いない。
ここまで紹介した選手のほかにも、スノーボード男子ハーフパイプで2位・3位に入った、平野歩夢と平岡卓、同じくスノーボードの女子パラレル大回転で銀メダルを獲得した竹内智香、スキーの女子ハーフパイプで銅メダルを獲得した小野塚彩那ら、ソチ五輪のメダリスト全員が再び五輪の舞台に立つ。
さらなる高みを目指す者、敗れた悔しさを晴らすために戻ってきた者、初の五輪で活躍を期す者。選手のさまざまな思いが交錯する平昌五輪では、結果だけでなく、それぞれが織りなすドラマにも注目したい。
折山淑美(おりやま・としみ)
長野県生まれ。1992年のバルセロナ五輪以降、夏季・冬季五輪を14大会連続で現地取材を行なっているフリーライター。フィギュアスケート、スキージャンプ、陸上など、競技を問わず精力的に取材を重ね、選手からの信頼も厚い。著書に『日本のマラソンはなぜダメになったのか 日本記録を更新した7人の侍の声を聞け!』(文春e-book)、『「才能」の伸ばし方――五輪選手の育成術に学ぶ』 (集英社新書)などがある。
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