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【プロレス】藤原喜明が感動したジャイアント馬場との初対戦 試合後の全日本参戦のオファーを断った理由とは (3ページ目)

  • 松岡健治●文 text by Matsuoka Kenji

【お茶の間でも人気者に】

 フリーとなった藤原は、馬場、天龍らと夢の対決を実現させた一方で、テレビ、映画、バラエティ番組など芸能界からのオファーも途絶えなかった。

 中でもお茶の間を沸かせたのは、TBSが番組改編期の4月と10月に生放送する長時間のバラエティ番組『オールスター感謝祭』でのワンコーナー。柔道でオリンピック候補生になり、かつてベンチプレスの日本記録を保持していたタレント、チャック・ウイルソンとの「相撲対決」だった。

 開催されなかった回もあったが、1994年秋から2000年春まで行なわれたガチンコの相撲対決は視聴者を引き付けた。

「俺の記憶では、チャックとは違うテレビ局の放送でも相撲で闘ったな。勝敗は6勝5敗で俺が勝ち越していると思うよ。アイツは強かったよ。特に真正面からの力は強かった。ただ、横に振るともろいところがあったな」

 また、1994年にはTBS系バラエティ番組『爆裂! 異種格闘技TV』で、カナダの山奥に設置されたケージのなかで熊と対決した。テレビディレクターのテリー伊藤氏が演出した企画で、藤原は迷彩服に身を包んで熊と闘ったが、猛突進を全身に受けて肩を負傷し、地元スタッフに「これ以上の闘いは無謀」と判断されて中止となった。

 コンプライアンス順守が常識となった令和であればあり得ない対決だったが、藤原は命を危険にさらす企画を受けた。その理由をこう明かした。

「熊と闘うのを俺が『嫌だ』と言えば、『あの野郎、逃げやがった』って一生言われるからな。そんなことを言われるぐらいなら、死んだ方がマシ。そう思ったから引き受けただけだよ。

 その時はカナダの山に、熊の飼い主が住んでたんだよ。巨大な熊だったから、俺は『大丈夫かよ』と思ってたら......。『準備ができました』ってやってきた飼い主が、顔から血を流しててな(苦笑)。『全然、大丈夫じゃねぇだろ!』ってなったよ。

 しかも、撮影したのは冬。その飼い主の奥さんが『夏の時期はいい子なの。だけど、今の時期は私だって殺される』って。おいおいって思ってるうちに撮影が始まったんだ」

 熊の突進は強烈だった。

「普通のヤツなら首の骨を折られてるよ。すさまじかった。よく生き延びたなって、自分でも驚くよ」

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