【プロレス】藤原喜明が感動したジャイアント馬場との初対戦 試合後の全日本参戦のオファーを断った理由とは (2ページ目)
【一騎打ちで感じた天龍のすばらしさ】
馬場は第一次UWFが活動停止になった時、前田日明と高田伸彦(現・延彦)のふたりを入団させようと動いていたという。そのことは藤原も知っていた。
「その時は、前田と高田は雇うけど、俺はいらないってことだった。だけど初参戦のあとに、『後楽園ホールの試合だけでいいから、毎回、出てくれないか』ってオファーしてくれたんだ。『俺も馬場さんに認められたなぁ』って感慨深かったよ」
ただ、このオファーを藤原は断った。
「この時、俺に言ってきたのが馬場さん本人じゃなくてな。不本意ながらお断りしたんだ」
そのオファーを伝えた人物は、馬場のブレインを自称していたマスコミ関係者だった。藤原はその男性にかなりの不信感を抱いていたという。
「仲介者が違っていたら、そのまま全日本に出てたかもな」
全日本参戦の翌年には、天龍源一郎と初の一騎打ちが実現した。
11月24日、天龍が主宰する「WAR」の、横浜文化体育館での「日本J1選手権決定トーナメント」1回戦で対決した。試合は、藤原の頭突きと天龍のチョップが真っ向からぶつかり合う激闘に。最後は喉笛に強烈なチョップを叩き込まれ、藤原はフォール負けを喫した。
「天龍さんは、いいレスラーだよ。すばらしかったな。俺らは全日本の選手とは交わってなかったけど、『どんなレスラーでも1回やってみないとわからないな』って思ったよ。闘ってみて初めて、『コイツはやるな』『ダメだな』と判断すべきってこと。それを天龍さんとの試合で学んだな」
2001年6月14日には、橋本真也が主宰する「ZERO-ONE」の、大阪城ホールで開催された「真撃」と銘打った大会で、柔道からプロレスへ転向した小川直也と対戦した。藤原は小川のSTO3連発でKO負けを喫したが......小川の印象を尋ねると、「聞くな」と口を閉ざした。
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