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フェンシング江村美咲が「本当に生きづらい性格」という理由 ロス五輪へ「金メダル、金メダル」と言われることへの違和感

  • 了戒美子●取材・文 text by Yoshiko Ryokai

フェンシング女子サーブル日本代表
江村美咲インタビュー(後編)

◆江村美咲・前編>>「フェンシングを辞めたい」と母に相談
◆江村美咲・中編>>「やってしまえ」と髪を全頭ブリーチした
◆江村美咲・フォトギャラリー>>

 江村美咲にとって2度目のオリンピックとなったパリ大会。個人戦はベスト16で敗れ、最終9位に終わったものの、団体戦で銅メダルを獲得することができた。オリンピックを終えた翌シーズンにはワールドランキングで年間王者にも輝き、27歳となった今、新たな方法を模索しながら、競技と向き合っている選手として充実した時間を過ごしている。

 パリオリンピックから2年が経った2026年は、次のロサンゼルスオリンピックまでの中間地点。2027年から本格化するオリンピック出場権争いを見据え、土台を築く時期にあたる。

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江村美咲がロス五輪に向けて大事にしていることとは? photo by Miki Sano江村美咲がロス五輪に向けて大事にしていることとは? photo by Miki Sano── パリオリンピックを経て、2028年のロサンゼルスオリンピックへと続く今の状況を教えてください。

「2024-25シーズンに年間王者になったんですけど、シーズン途中でまた違う形の燃え尽き方をしてしまって......。パリの舞台の大きさや華やかさを経験したあとに、地道で、あまりお客さんがいない日々に戻る。そのギャップをすごく感じました。

 フェンシングが本当に自分の人生の中心なので、それによってプライベートな気持ちもアップダウンしてしまうんです。

 たとえば、大分で合宿があった時、地元なので見てくださっている方が多くて。ただ、気持ちは落ちているのに、笑顔を作って対応しなければいけない。自分の感情に嘘をついて接することに疲れてしまいました。

 フェンシングがストレスになって気持ちが落ちているのに、やりたくない状態でもやらなければいけない。そういう状況になってしまったことへの反省がありました」

── 何か対策されたのですか?

「今シーズンに入ってからは、コーチとも話し合って、そもそもの練習量を見直しました。練習を『やらされる』のではなく、『やりたい』と思ってできるように。私だけ休ませてもらう時間を作ったり、そういう調整を初めてしました。

 フェンシングは、相手がいないとできない練習も多いですし、ヘッドコーチが全員に同じメニューを作るのが基本です。だから、個人ごとにメニューを組むという概念があまりありませんでした。

 でも、調整することで一つひとつの練習へのモチベーションも高くなって、その効果がしっかりと試合結果にも表れています。試合ごとにビデオ研究をすることも、今シーズンから自分でお願いして始めました」

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著者プロフィール

  • 了戒美子

    了戒美子 (りょうかい・よしこ)

    1975年生まれ、埼玉県出身。2001年サッカー取材を開始し、サッカーW杯は南アフリカ大会から、夏季五輪は北京大会から現地取材。現在はドイツを拠点に、日本人選手を中心に欧州サッカーを取材中。著書『内田篤人 悲痛と希望の3144日』(講談社)。

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