検索

【女子プロレス】東京女子プロレスの上原わかなはアンチからの脅迫も受け止めて リングで誰かに響く「生き様」見せる (3ページ目)

  • 尾崎ムギ子●取材・文 text by Ozaki Mugiko

【プロレスを通して「ありのままの私の人生を見てほしい」】

 2024年5月6日、後楽園大会。HIMAWARIと組み、鈴芽&遠藤有栖の持つプリンセスタッグ王座に挑戦した。上原にとって初めてのタイトルマッチであると同時に、新人の挑戦として注目を集めた一戦だった。HIMAWARIとの合体技も繰り出し、意気込みを見せたが、結果は惜敗。初めてのベルト奪取はならなかった。

 それから半年後、2025年1月の「ふたりはプリンセス"Max Heartトーナメント」で、上原は上福ゆきとタッグを結成する。上福は、上原がかねてから"推し"と公言していた選手だ。きっかけはTikTokの動画。「バックステージコメントも面白すぎて、どうしてそんな言葉が出てくるんだろう」と感心し続けてきた。

上原(左)と上福のタッグ「OberEats」(写真提供/東京女子プロレス)上原(左)と上福のタッグ「OberEats」(写真提供/東京女子プロレス)

 その上福とタッグを組んだことで、上原のスタイルは大きく変わった。以前は何を聞かれても綺麗な答えばかりで、無難すぎてしまった。そんな彼女に上福は「もっと本音を言いなよ」と促す。自分をさらけ出すことを覚え、プロレスがより楽しくなっていった。

 4月18日、ラスベガス大会。上原と上福は、「享楽共鳴(中島翔子&ハイパーミサヲ)」の持つプリンセスタッグ王座に挑戦した。挑戦表明の際、タッグ名がないことを理由に一度は拒否され、急きょバックステージで発表したのが「OberEats」だった。「ober」はドイツ語で「上」を意味し、上福と上原――ふたりの"上"を重ね合わせた名前である。

 ベルトにはあと一歩届かなかったものの、海外ファンの熱狂に確かな手応えを感じた。芸能活動では海外を意識することは少なかったが、プロレスならば世界も夢ではない。上原は「夢は世界のスーパースターになること」と語る。

3 / 4

キーワード

このページのトップに戻る