【女子プロレス】東京女子プロレスの上原わかなはアンチからの脅迫も受け止めて リングで誰かに響く「生き様」見せる (2ページ目)
後に海外からの発信だったことが判明し、警察は動けなかったという。加害者は元ファンだったとされ、複数のアカウントを作り執拗に攻撃を繰り返した。しかし新しいアカウントが見つかるたび、ファンが通報し続けてくれたことで事なきを得た。
アンチに叩かれることは今もある。しかし上原は、その受け止め方を変えつつある。「上原わかなってぶりっ子だよね。学校のみんな言ってるわ」というコメントを見た時、彼女はショックを受けるどころか「みんな話題にしてくれてるの!?」と前向きに捉えた。アンチが多いほど、自分が影響力を持ち始めている証拠だと思えるようになったのだ。
その背景には、周囲の支えがある。SNSや試合後の特典会でファンから褒められ、励まされるたびに自己肯定感が高まる。そうした環境が、彼女のメンタルを安定させている。
【デビューのきっかけを作った、アジャコングとの宿命の一戦】
上原がデビューした2023年は、"豊作の年"と言われている。HIMAWARI、鈴木志乃、凍雅、大久保琉那、風城ハル――6人の新人が揃ってリングに立った。
11月から始まった「ねくじぇねトーナメント」では、2023年デビューの6選手による闘いのなかで、上原は元々プロレス好きだった同期との差に苦しみながらも勝ち進み、決勝に進出。12月1日、HIMAWARIを下して優勝を果たした。
そしてデビューから1年。上原にとって生涯忘れられないであろうシングルマッチが組まれた。『夢プロレス』でゲストコーチを務めたアジャコングとの一騎打ちである。
2024年1月4日、後楽園ホール大会。『夢プロレス』から成長した姿をどうしても見せたい。世間から見れば格が違う相手だが、リングに上がれば同じ選手同士。チャレンジマッチで終わらせるつもりはなかった。上原は試合開始直後、アジャがコーナーでガウンを脱ぐその隙を突き、スペース・ローリング・エルボーを叩き込む。さらに変形スリーパーホールドでアジャを苦しめた。
結果は敗戦。それでも彼女には手応えがあった。『夢プロレス』の頃とは違い、リング上で「人に何かを伝えられた」と確信できたのだ。アジャも試合後、「きっちりプロレスラーでしたし、私のなかでのライバルがまたひとり増えた」と称賛の言葉を贈った。
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