引きこもり、のち「天才」。女子プロレスラー岩谷麻優の始まりは妄想だった (2ページ目)

  • 尾崎ムギ子●文 text by Ozaki Mugiko

 さぞかし努力したのだろうと思いきや、「努力はしたことない」と笑う。練習が嫌いでサボり続けていたため、ある日、先輩レスラーの堪忍袋の緒が切れた。90分のスパーリングを命じられ、疲れ果てて動けなくなっていると、「土下座して謝れ! 二度とサボらないと、みんなの前で誓え!」と怒鳴られた。

「『すみません、もうサボりません』って謝ったんですけど、翌日にサボりました。だって、そんなキツい練習したあとは休みたいじゃないですか。昨日頑張ったからもういいかなって」

 大丈夫なのだろうか、この人は......。「さすがに今はサボらないですよね?」と恐る恐る尋ねると、「サボらないです」とキッパリ言う。安堵していると「サボるという概念がないんです。行きたくなかったら行かないので、サボってはいません」と言われ、ひっくり返りそうになった。

「練習しなくても、できちゃうんですよ。頭の中で自分がその技をやっているところを100%想像できたら、試合で完璧に出せます」

 岩谷は左膝の靱帯を断裂して欠場したことがある。復帰戦は、ギプスが外れてから一週間後。リハビリ動画をTwitterに上げるとファンからは心配の声が相次いだが、プロとしてリングに立つ以上は大丈夫だというところを見せなければならない。

「それでムーンサルトをやったんです。ムーンサルトって、みんな膝を壊すんですよね。だから逆にやっちゃおうと思って。一度もやったことなかったんですけど、頭の中でイメージできたので。バック転もバック宙もできないんですけどね。アハハハ」

 笑い事ではない。失敗したら命に関わる。岩谷の無鉄砲さと天才性に、背筋が凍った。

 1993年2月19日、岩谷は山口県美祢市で生まれた。家からコンビニまで徒歩40分かかる田舎町。父と母、6歳年上の兄と3歳年上の兄がいる。子どもの頃からやんちゃだったが、中学に上がるとべつの意味で"やんちゃ"になる。母親が学校に呼び出されることもよくあった。

 高校は1年生の時、中退した。同時に人間関係のもつれから、引きこもりになった。引きこもっていた2年間のうち、外に出たのはたったの3回。それも庭に出て空を見上げただけで、家の敷地からは一歩も出なかった。

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