引きこもり、のち「天才」。女子プロレスラー岩谷麻優の始まりは妄想だった
■『最強レスラー数珠つなぎ』女子レスラー編
「スターダムのアイコン」岩谷麻優 前編
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「スターダム」唯一の一期生として活躍する岩谷麻優 photo by Hayashi Yuba「ハイ、わかりました。そうですね......明日の朝イチまでには......。すみません、今、日本武道館なんです......。ええ、プロレスを......」
電話を切った私は、駆け足で会場へ向かった。なんでこういう時に限って、原稿修正の依頼が来るかなあ! 苛立ちながら南東ゲートを探すも、極度の方向音痴のため、なかなか見つからない。今、第何試合なんだろうか......。コロナ禍で観客は声援を禁じられているため、中の様子がまったくわからない。なんとか間に合ってくれよ......。
ようやく辿り着き、扉を開けると、会場は静まり返っていた。
次の瞬間、"その人"はトップロープから高く宙を舞った。長身で細い体をしなやかに反らせながら、高く、高く! ......なんて綺麗なムーンサルト・プレス!
1、2、3――。
レフェリーに引っ張られるようにして、彼女は拳を突き上げる。勝った! 岩谷麻優が、勝った! 私は涙を流しながら、しばらくそこに立ち尽くした。
***
数週間後、取材場所に現れた彼女は、黒のライダースに身を包み、ロックな雰囲気を醸し出していた。やや背中を丸め、所在なげにうつむいている。「スタイル抜群ですね」と声を掛けると、パッと明るく顔を上げ、「今、ラーメン食べて来たから、お腹出ちゃって」と恥ずかしそうに下腹部をさすった。
"スターダムのアイコン"岩谷麻優。「2019年度プロレス大賞」で女子プロレス大賞を受賞し、今や"女子プロレスのアイコン"と呼ばれている。誰もが認める受けの巧さから「テクニシャン」の名声をほしいままにする。前回インタビューした中野たむは、岩谷を「プロレスの天才」と評し、次の最強レスラーに指名した。
「自分自身、天才だなって思います。受けに関しては、女子の中だったらだれにも負けない自信がある」
現在スターダムに所属する選手の中で、唯一の一期生。10年前のデビュー当時、「落ちこぼれ」「ポンコツ」と呼ばれていたことは、今となっては想像もつかない。しかしデビュー戦の試合映像を観ると、確かにそこには「ポンコツ」な彼女がいた。
「ウルトラマンって言われてたんですよ。試合開始から3分でスタミナ切れしてしまって、あとはヘロヘロ。やり返すパワーもないし、やられっぱなしで終わっていた。デビューしてから1年くらい、1勝もできませんでした」
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