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錦織圭とIMGアカデミーで切磋琢磨した同期・富田玄輝の本音 「どんどん強くなるなと感じていました」 (3ページ目)

  • 内田 暁●取材・文 text by Akatsuki Uchida

【練習では差を感じなかったが......】

 IMG時代の富田氏を知る方たちに彼の印象を聞くと、いくつかの異なる証言が語られ、ひとつの像を結びにくい。「とても優しくてまじめ」と評する人もいれば、「少し怖い感じだった」と思い返す方もいる。

 その件について本人に水を向けると、「それはたぶん、出会った時期によるんでしょうね」との答え。

「1年目はたしかに、私が誰よりも真面目にやっていたと思います。だからたぶん、コーチの米沢(徹)さんにもしっかり見てもらえていたように思います」

 米沢徹氏は、当時のIMGアカデミーで盛田テニス・ファンドの留学生を担当していたコーチ。盛田ファンド生たちは、全体練習が始まる前や空き時間にも、米沢コーチの指導を受けていた。毎朝6時から始まる個別練習は、誰しも眠いし、つらい。そのなかでまじめに打ち込んでいたのが、富田氏だった。

 ただ1年ほど経つと、その姿勢に変化が生じはじめる。

「2年目に入った頃から、練習やトレーニングへのひたむきさがなくなった。一番の理由は、1年目にちょっとやりすぎくらいやっていたのに、全然成績が出なかったからです。IMGに来ているのか、米沢さんに教わりに来ているのかわかんないという気持ちも、だんだん出てきて。

 今考えれば、英語ができないために、ほかのコーチと話したり練習相手を見つけられない自分がいけなかったんです。ただ当時は、結果が出ないことを環境のせいにしていた。クレーコートでの試合が多かったので、乗れなかったというのもあります。私はクレーが苦手だったので、南米シリーズは本当にダメでしたね」

 誰よりも一生懸命やっていたはずなのに、成績が伸びない──。そのようなわだかまりを胸に抱えていた頃に、錦織は急成長を遂げ始めた。その錦織の姿は、富田氏の目にどのように映っていたのだろうか。

「どういうふうに見えていたか......。まあ、どんどん強くなるなと感じてはいました。一番はやっぱり、結果が出ていたからですね。一緒にジュニア大会の遠征を回っている時も、勝てないだろうなと思う相手に勝っちゃったり。

 正直、練習ではそこまで差を感じたことはなかったんです。フィジカル面でも、当時は私のほうが身長もパワーもあったし、圭が急に足が速くなったとか、そういうのがあったわけでもないですし。もちろん圭の身長が伸びてきて、パワーや体力もつき始めたというのもあったと思いますが、おそらく一番伸びたのは、ゲームメイクの部分だったのではないかと思います」

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