錦織圭とIMGアカデミーで切磋琢磨した同期・富田玄輝の本音 「どんどん強くなるなと感じていました」 (2ページ目)
【3人のなかで圭が一番弱かった】
追い詰められながらも、踏ん張り勝てた理由は何だったのか? ストローク力かサーブ力か、意地だったのか? そう問うと富田氏は、「なんですかねぇ。年齢ですかね。私のほうが一歳上で、身体も大きかったから」と表情を変えずに答えた。
小学生時代から正統派だった富田氏のテニスは、その成長の早さによるところも大きかったのだろう。たしかにIMGアカデミーに渡った当初の集合写真を見ると、ほかのふたりより富田氏が頭ひとつほど抜けていた。
IMGアカデミーに渡った当時、3人のなかで一番強かったのは喜多氏だった。
「私よりも喜多のほうが強かったですね。練習では勝ったり負けたりですが、試合をしたらフミ(喜多氏の愛称)が一番で、次が私。圭は年齢が一番下ということもあり、そのぶん弱いかなというくらいの感じだったと思います」
喜多氏にはなかなか勝てなかったというものの、富田氏も全日本ジュニア選手権16歳以下シングルスを制するなど、同世代でのトップ選手。
「当時はやはり、プロに行こうという意思はありました。自分が通用するかどうかはわからないけれど、なれたらいいなとは思っていました」
希望と少しの不安を胸に、同じ夢を抱く若者たちが世界中から集うIMGアカデミーへと旅立った。中学3年生の時のことである。
IMGアカデミーでの寮生活では、3名は異なる部屋に振り当てられた。ルームメイトは頻繁に変わるが「私はバスケットボールの選手と一緒になることが多かった」と富田氏は振り返る。ただ、遠征に行く時は、基本的に3人は常に一緒。そういう時は、どのような雰囲気だったのか?
「仲、悪かったですよ」
無表情で即答されるその言葉に、こちらが「えっ」と息を飲むと、「冗談ですよ」と富田氏がさらりと言う。
「仲はよかったですよ。トランプやカードゲームをよくやって。なぜか私がいつも罰ゲームをやらされていましたが。フミによくいじられていましたね。ふたり部屋の時は、なぜか私がいつもエキストラベッドだったり」
3人のなかで一番の「お兄ちゃん」であった富田氏は、やんちゃ坊主たちを懐(ふところ)深く受け止めていたのだろう。
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