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ラグビー「雪の早明戦」はNo.8で勝利に貢献 名将・清宮克幸の土台は早稲田大時代に確立された

  • 斉藤健仁●取材・文 text by Saito Kenji

語り継がれる日本ラグビーの「レガシー」たち
【第38回】清宮克幸
(茨田高→早稲田大→サントリー)

 ラグビーの魅力に一度でもハマると、もう抜け出せない。憧れたラガーマンのプレーは、ずっと鮮明に覚えている。だから、ファンは皆、語り継ぎたくなる。

 連載38回目は、日本ラグビー界に「清宮イズム」という独自のスタイルで旋風を吹き込んだ清宮克幸(きよみや・かつゆき)を取り上げたい。今ではプロ野球選手・清宮幸太郎(日本ハム/2017年ドラフト1位)の父としても知られている。

 指揮官として、早稲田大監督時代は5年間で3度大学日本一に輝き、古巣のサントリー(現・東京サンゴリアス)ではトップリーグ制覇、さらにヤマハ発動機(現・静岡ブルーレヴズ)をクラブ初の日本一に導いた。その手腕は誰もが認めるところだが、彼を語るうえで欠かせないのは、指導者としての才覚を選手時代から発揮していた「異端のNo.8」としての軌跡だろう。

※ポジションの略称=HO(フッカー)、PR(プロップ)、LO(ロック)、FL(フランカー)、No.8(ナンバーエイト)、SH(スクラムハーフ)、SO(スタンドオフ)、CTB(センター)、WTB(ウイング)、FB(フルバック)

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清宮克幸/1967年7月17日生まれ、大阪府大阪市出身 photo by AFLO清宮克幸/1967年7月17日生まれ、大阪府大阪市出身 photo by AFLOこの記事に関連する写真を見る ラグビーキャリアは異色だ。大阪市の福島区で生まれた清宮は、小学校で野球、中学校でサッカー部に所属し、その頃からキャプテンというポジションに立っていた。

 体は大きく、気性も激しく、中学時代は剃り込みヘアと長ラン(丈を長く仕上げた変形学生服)姿。まさしく「番長」的な存在で、他校の番長と喧嘩したこともあったという。

 そんな彼がラグビーの道に進んだのは、中学校の先生に勧められたのがひとつのきっかけ。さらにはラグビー部を舞台にしたテレビドラマ『われら青春!』からも影響を受け、高校に入学したら楕円球を追いかけようと心に決めた。

 進学先は私立のラグビー強豪校ではなく、公立の茨田(まった)高校。当時の大阪は北野高や天王寺高など公立高も強い時代で、茨田高も清宮が入学する前に「花園」全国高校ラグビー大会に2度出場していた勢いのあるチームだった。

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著者プロフィール

  • 斉藤健仁

    斉藤健仁 (さいとう・けんじ)

    スポーツライター。 1975年4月27日生まれ、千葉県柏市育ち。2000年からラグビーとサッカーを中心に取材・執筆。ラグビーW杯は2003年から5回連続取材中。主な著書に『ラグビー『観戦力』が高まる』『世界のサッカーエンブレム完全解読ブック』など多数。

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