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水谷隼はもう独りじゃない。
Tリーグがもたらしたと進化と不変の志 (4ページ目)

  • 城島充●文 text by Jojima Mitsuru
  • 藤田真郷●写真 photo by Fujita Masato

「ひとりでやっていた時は、練習場所の確保も大変でした。実業団や大学にお世話になることが多かったのですが、そのチームの練習が休みのときは僕も練習できない。そんな状態が当たり前でしたから、そうしたことに対する手間やストレスがなくなったことだけでもすごく大きいです。

 仲間と一緒に練習をして、昼食を食べて、昼寝をする。それから起きてまた一緒に練習して、夕食も一緒に食べる。家族よりも長い時間を共有しているし、オフにみんなで映画に行ったりするのも楽しいですね。ロシアにいた時は、外を出歩くのが恐くて基本的にホテルから出ませんでしたから」

 笑みを浮かべてそう語った水谷は、「次は『運び屋』という映画を観に行きたいです」とつけ加えるほど饒舌だった。しかし一方で、変わらない意識もある。

 それは、筆者が初めて取材をした15歳の時から口にしていた、「卓球の魅力をひとりでも多くの人に伝えたい」「卓球を野球やサッカーのようなメジャー競技にしたい」という思いである。

 かつては"夢物語"としてしか触れられなかった、国内のプロリーグでプレーしている実感は、その思いをさらに強くしてくれているのかもしれない。

「Tリーグが開幕した時の興奮は忘れられません。(17日の試合も)この両国国技館でもう1回試合ができるうれしさと興奮で、いいパフォーマンスができた。本当に感無量です」

 水谷は囲み会見の最後にそう言うと、今後の課題も含めたTリーグへの思いを口にした。

「もちろん、観客が少ない地方の試合でも、来てくれたファンを大切にしたい。リーグ戦で点差が開いた時は、会場を沸かせるようなラリーが続くサーブとレシーブの組み立てを考えたこともありました。Tリーグを世界最高のプロリーグにするためには、まずチーム数を増やすことが必要だと思います。最低6チーム。できれば8チームはほしいですね」

 変化と進化を見せる水谷は、卓球界のさらなる先を見据えている。

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