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【Jリーグ】「オシムさんの面影を引きずり続けた」 巻誠一郎がジェフ千葉17年ぶりのJ1昇格で言いたかったこと

  • 原山裕平●取材・文 text by Yuhei Harayama

【連載】Jリーグ語り草(5)
巻誠一郎の2008年
「フクアリの奇跡、その舞台裏」後編

◆巻誠一郎・前編>>フクアリの奇跡の舞台裏「みんな不満を抱えていた」
◆巻誠一郎・中編>>僕に力を与えてくれた「オシムさんの言葉」

 2008年J1リーグ最終節、FC東京戦──。残留するためには勝利が絶対条件のなか、ジェフユナイテッド千葉は2点のビハインドを負ってしまう。ただ、絶望的な状況で巻誠一郎は、「まだまだやれる」という感覚を得ていた。

 そして、途中出場の新居辰基が1点を返した瞬間、フクアリ(フクダ電子アリーナ)の空気は一変した。

 そこから始まった奇跡の11分間を生み出したのは、ほかでもない圧倒的なホームの力だった。

 巻は胸を張って主張する。あの奇跡は「フクアリだから成し得たものだった」と。

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巻誠一郎がプロになって初めての監督がオシムだった photo by Tokyo Sports/AFLO巻誠一郎がプロになって初めての監督がオシムだった photo by Tokyo Sports/AFLOこの記事に関連する写真を見る 絶望的な状況のなかで、途中出場のふたりがやってくれました。谷澤(達也)のパスから新居(辰基)が1点を返してくれたんです。

 その時、フクアリの空気が一気に変わった気がしました。半分あきらめかけていた選手も、サポーターも息を吹き返した。あのゴールは、それだけの価値があったと思います。

 もう、そこからは異常な空気感でしたね。その3分後に、僕のポストプレーから谷澤が同点ゴールを決めてくれた。このまま一気に逆転できるという勢いが生まれたんです。

 相手も苦しかったと思います。FC東京はACLの出場権がかかっていたので、向こうも勝たなければいけない状況でした。だから、引かずに前に出てきてくれた。

 スペースはかなりありましたし、スタジアムの雰囲気に飲まれていたようにも感じました。指示も一切、聞こえないくらいでしたから。僕らもベンチの声だけじゃなく、近くの味方の声も聞こえないぐらいだったので。僕らはそれが力になりましたが、相手にとっては脅威だったと思います。

 80分にレイナウドがエリア内で倒された時、本当は僕がPKを蹴る予定でした。ミラー監督からは、PKをもらった選手は外す確率が高いから蹴るなと指示されていたんですよ。

 だから、僕が蹴るつもりでしたが、レイナウドが絶対に決めるから蹴らしてくれって。僕も決める自信はありましたけど、彼に託すことにしました。プレッシャーはあったと思いますが、しっかりと決めてくれたのでよかったですね。

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著者プロフィール

  • 原山裕平

    原山裕平 (はらやま・ゆうへい)

    スポーツライター。1976年生まれ、静岡県出身。2002年から『週刊サッカーダイジェスト』編集部に所属し、セレッソ大阪、浦和レッズ、サンフレッチェ広島、日本代表などを担当。2015年よりフリーランスに転身。

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