クーデター抗議のミャンマー人選手。支援に「そこまで、私の人生について考えて下さったことに心から感謝します」 (4ページ目)

  • 木村元彦●文 text by Kimura Yukihiko
  • photo by Kyodo News

 最終日、学生のキャプテンの呼びかけで黙とうが捧げられた。チームにひとりの選手が入ったことで今、ミャンマーで起きていることへの想像力が喚起される。

 相葉は芦川に「僕のミャンマー語の語彙は少ないので完璧にコーチングが伝えられないかもしれません」と断っていた。しかし、いざ、指導が始まると、実践者として言葉以上のコミュニケーションが可能となった。言語化できない部分は自らが意図を咀嚼した上で、動きで示した。足の運びと左右のバランスの修正がこの日は行なわれた。

GKコーチである芦川昌彦から指導を受けるピエリアンアウン(撮影:木村元彦)GKコーチである芦川昌彦から指導を受けるピエリアンアウン(撮影:木村元彦)

 キーパーグローブを外して、汗をぬぐっていた表情から、笑みがこぼれた。当たり前だが、選手である以上、停滞はしたくない、成長したいのだ。グランドを去る際、学生一人ひとりにグータッチを求めた。

 ほぼ1週間に渡るピエリアンアウンのトレーニングサーキットは終わった。心配された3週間のブランクによるケガもなく、翌日に現在の住所登録をしている大阪に帰っていった。せっかく上がってきたフィジカルをまた元に戻すわけにはいかない。帰阪後はひたすらひとりで追い込んでいた。

 そしてYSCC横浜の吉野代表が加入についての発表を約束した2週間後の7月23日14時。吉野の直接、本人の顔を見て話したいという意向から、横浜と大阪をZoomで結んで評価と結果が伝えられた。

「我々が下したGKとしてのまず評価です。そのプレーはキャッチングがすばらしく、ファイティングスピリットが見えました。ただフィジカルが落ちていました」。ピエリアンアウンはアウンミャッウインによる通訳を神妙な面持ちで聞いている。「トータル的な評価をします。今、後半戦に向かう途中で我々は強化をしています。あなたは5番目のGKという順位になります。その中で正式な選手としての契約はできません」

 GKは先発が試合中にケガでもしない限り、サブは出番が無い。その様なポジションでチームとして5番手を抱える余裕は無い。

 要はJ2への昇格をかけてリーグ再開に向けて戦う中で、強化戦力としては認められないというプロとしての評価であった。その上で、吉野は相手に落胆の表情が浮かぶ前に言った。

「ただし、2つ提案があります。来年のシーズンスタートの時にJリーガーになりたいというのであれば、私たちのチームで練習生としての環境を提示するのは可能です」

 将来を見据えての丁寧な提案であった。たとえ公式戦に出場ができない練習生でも選手としてレベルの高いサッカーができる環境が確保され、そこでの努力次第では、来季に他チームも含めて公式登録の夢を実現させることもできる。「3日間の練習では自分を出し切れなかった」というピエリアンアウンにすれば大きな機会と言える。

 さらに吉野が続けた。「もうひとつは、YSCC横浜はフットサルチームも運営しています。こちらは今、GKが1人しかおらず、まだ監督もプレーを見ていない段階ですが、頑張れば、このチームでの公式戦でのプレーも可能かと思います」

 間口を広げ、フットサルでのプレーはどうかと提示してくれたのである。

「そこまで、私の人生について考えて下さったことに心から感謝します。(吉野)代表はこんなに親身になって選択を広げて提案をして下さいました。私は練習生もフットサルも頑張って取り組みたいと思います」。感激していると素直に言葉にした。

 7月30日、新しい練習生はYSCC横浜の練習グランドに立った。報道陣から浴びる質問ひとつひとつに決意を上書きして語った。「ミャンマー人として、難民の選手として、初のJリーガーを目指します」。粛々と質疑が繰り返され、最後に今、母国の人たちに伝えたいことはないか?という質問に及んだ時だった。脳内を占めていたサッカーに対する思いが霧散し、瞬時に感情が漏れた。

「できることならば、ミャンマーに帰って親しい人たちに会いたいです。サッカーをしている時間だけはプレー以外のことを忘れることができます。しかし、ピッチを出ればいつも母国の悲しみを考えています」

 日々、故郷からは市民が殺害されるニュースが引きも切らず届けられる。さらに軍事政権はコロナ禍において、個人への酸素の販売を停止しており、人為的な病死を誘発しているのだ。

 こらえきれず、この時、日本に来て初めて人前で涙を見せた。しかし、それも一瞬だった。「フットサルチームの練習時間と会場を(吉野)代表に訊いておきたい」。そう言うと、午後のスケジュールに向けてバッグを担いで駐車場に向かった。

 新しい挑戦の時間が始まった。

(了)

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