「一生負け犬になる」かどうかの最終節。西澤明訓が放った強烈な輝き (2ページ目)

  • 原山裕平●取材・文 text by Harayama Yuhei
  • photo by AFLO

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 最終節を前に首位に立ったのはC大阪だったが、勝ち点1差でガンバ大阪が続き、さらに1ポイント差で浦和レッズ、鹿島アントラーズ、ジェフユナイテッド千葉の3チームが同勝ち点で追走。つまり、5チームに優勝の可能性があったわけだ。

 もっとも、C大阪にとっては勝てば優勝できる優位な状況に変わりなかった。一方で、追われる側の重圧もそこにはあった。あるいは、5年前の悪夢に怯えていた者もいたかもしれない。C大阪は2000年のJ1リーグ第1ステージで川崎フロンターレにVゴール負けし、ステージ優勝を逃した経験があったからだ。

 C大阪の歴史を振り返れば、起伏の激しさが浮かび上がる。

 2000年に優勝争いをしたかと思えば、翌年にはJ2降格。しかし、天皇杯では決勝進出を果たした。2002年にJ1復帰を成し遂げ、2003年には再び天皇杯で準優勝となるも、翌2004年には最終節まで残留争いに苦しめられた。

 そして2005年。開幕前の下馬評を覆し、あれよ、あれよと優勝争いの主役に上り詰めたのだった。

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