2020.02.16

阿部勇樹、恩師を語る「オシムさんが
いなかったら、今の僕はいなかった」

  • 佐藤 俊●取材・構成 text by Sato Shun
  • 甲斐啓二郎●撮影 photo by Kai Keijiro

私が語る「日本サッカー、あの事件の真相」第13回
サッカー人生を劇的に変えた運命の出会い~阿部勇樹(1)

「オシムさんがいなかったら、今の僕はいなかったでしょうね」

 阿部勇樹にとって、イビツァ・オシムとの出会いは、まさしく人生を大きく変える運命的なものだった。

オシムとの出会いについて語る阿部勇樹 オシムが、ジェフユナイテッド市原・千葉(当時ジェフユナイテッド市原)の監督に就任したのは、2003年だった。

 どんな監督だろう――。

 阿部は、楽しみにしていたという。

 阿部はそれまでにも、ズデンコ・ベルデニックやジョゼフ・ベングロシュら、優れた外国人監督のもとでプレーしてきた。学ぶことが多く、外国人監督に対する印象は悪くなかった。

 オシムについても、ドラガン・ストイコビッチらを軸とした旧ユーゴスラビア代表を率いて、1990年イタリアW杯でベスト8という結果を残した名将であることは、事前に聞いていた。ただ、すごい監督だろうが、どんな監督なのか、阿部を含めて、ほとんどの選手が知らなかった。

 唯一、当時のチームメイトであるジェリコ・ミリノビッチがスロベニア出身で、オーストリアでプレーしていたこともあって、オシムのことを知っていた。

「すごくいい監督だ。とくに若い選手にとってはプラスだが、非常に厳しい監督でもある」

 その言葉は、当時21歳の若き阿部の脳裏にしっかりと刻まれた。