カミンスキーが思う「Jリーグファンからの重圧の少なさの一長一短」 (3ページ目)

  • 井川洋一●構成・文 text by Igawa Yoichi
  • 木鋪虎雄●撮影 photo by Kishiku Torao

 外国籍選手にとって、言葉の壁は常につきまとうものだが、カミンスキーは積極的に日本語を学び、日本の文化を知ろうとしている。連休には妻と国内旅行に出かけることもあり、その際にはなるべく「観光地らしくないところ」へ行き、「本当の日本を感じたい」と打ち明ける。

「プロフットボーラーは大好きなことの延長。僕らは夢の中を生きている」(カミンスキー)「プロフットボーラーは大好きなことの延長。僕らは夢の中を生きている」(カミンスキー)「もちろん東京や京都もすばらしいところだ。でも、実際にすごく印象に残っているのは、別の小さな町だったりする。いつだったか、陶磁器を製作する職人さんのところにお邪魔したんだけど、それは本当によい経験になった。若い頃から陶磁器づくりに人生を捧げているその方は、常にポジティブで笑いを絶やさず、自分の仕事に誇りを持っているんだ。陶磁器づくりについて情熱的に話してくれた姿は、今もはっきりと覚えているよ。

 その姿は僕ら、プロのフットボーラーにも通じることがある気がする。職人の方はそれを仕事というよりも大好きなことの延長と捉えている節があって、それは僕のフットボールに対する姿勢と同じだ。つまり、僕らは夢の中を生きている。いつまでも情熱を注ぎ続けられる仕事に就けたことが夢であり、そんな日々を過ごしているのだからね」

 初めての轆轤(ろくろ)は「簡単ではなかったけれど、周りにいた日本人は皆『とても上手ですね』と言ってくれたよ。でもそれもまた、親切な日本人のお世辞だと思うけど」と言って笑った。何事にも前向きにトライするカミンスキーは、ピッチの内外でもっと日本を知ろうとしている。

 このインタビューのあと、彼はベンチを温めることが多くなっているが、おそらくピッチの外からでも味方を励まし、ポジティブな姿勢を保っているはずだ。

クシシュトフ・カミンスキー
Krzysztof Kaminski/1990年11月26日生まれ。ポーランドのノヴィ・ドヴォル・マゾヴィエツキ出身。ジュビロ磐田所属のGK。ポーランド国内のチームを渡り歩き、2015年から磐田でプレー。クラブのJ1昇格に貢献し、J1では通算100試合出場を達成している。オストロウェンカ→シェドルツェ→ヴィスワプロック→ルフ・ホジュフ

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