谷口彰悟、カタール移籍は人生初の「わがまま」。ベースは今も川崎フロンターレ (3ページ目)

  • text by Harada Daisuke
  • photo by Sano Miki, ©KAWASAKI FRONTALE

クリスマスに行なわれた送別会には2635人のサポーターが集まったクリスマスに行なわれた送別会には2635人のサポーターが集まったこの記事に関連する写真を見る これは性格的なところが大いに影響していると思っているけど、これまで僕は周りの期待に応えようと努力を続けてきた。

 周りの「こういう選手になってほしい」という思いを感じれば、そうした選手を目指してきた。また、周りが「こういう人であってほしい」と思っていることを感じ取れば、そういう人であろうとしてきた。

 子どもの時から、またプロになってからも、周りの期待に応えたい、応えなければいけないという思いで、ここまで生きてきた。時に自分がやりたいこと、チャレンジしたいことが違っていても、そこにフタをしてきたところがあった。

 だから、30歳を過ぎた今、「自分が本当にやりたいことを自分のためにやろう」と思い、僕は日本を飛び出した。

 それは、谷口彰悟としての、初めてのわがままなのかもしれない(笑)。僕は初めて、チームメイトやファン・サポーター、そして周りに気を使うことなく、自分自身がやりたいことにチャレンジしている最中にいる。

 初めての海外でのプレーでは、考えや環境の違いに割りきれるところもあれば、割りきれずに憤(いきどお)ることもある。それを受け入れ、抗(あらが)うこともまた、自分にとっては刺激であり、新しいチャレンジだと思いながら日々を過ごせている。

 そして──外から見て、あらためて気づいたこともある。それは、フロンターレというクラブでプレーできていたことが、いかに恵まれていたかということだ。

 チームにいる選手一人ひとりの技術が高く、練習に取り組む意識も高かった。最近ではアカデミー専用のグラウンドができるなど、クラブとしての経営方針もしっかりとしていて、ファン・サポーターとの距離も近い、すばらしいクラブだった。

 そんな恵まれた環境で、すばらしい監督、コーチ、チームメイト、そしてファン・サポーターのもとで育ててもらい、プレーできたことに感謝している。

 自分のベースは今も、川崎フロンターレの練習場である麻生グラウンドと、ホームスタジアムである等々力陸上競技場で培った日々にあると感じているし、その9年間で身につけたものを武器として、海外で新しい自分にチャレンジしたいと思っている。

◆第5回につづく>>


【profile】
谷口彰悟(たにぐち・しょうご)
1991年7月15日生まれ、熊本県熊本市出身。大津高→筑波大を経て2014年に川崎フロンターレに正式入団。高い守備能力でスタメンを奪取し、4度のリーグ優勝に貢献する。Jリーグベストイレブンにも4度選出。2015年6月のイラク戦で日本代表デビュー。カタールW杯スペイン戦では日本代表選手・最年長31歳139日でW杯初出場を果たす。2022年末、カタールのアル・ラーヤンに完全移籍。ポジション=DF。身長183cm、体重75kg。

プロフィール

  • 原田大輔

    原田大輔 (はらだ・だいすけ)

    スポーツライター。1977年生まれ、東京都出身。サッカー専門誌『ワールドサッカーグラフィック』の編集長を務めたのち独立。Jリーグを中心に取材し、各クラブのオフィシャルメディアにも寄稿している。主な著書に『愛されて、勝つ 川崎フロンターレ「365日まちクラブ」の作り方』(小学館クリエイティブ)など。

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