なでしこGK海堀あゆみ、引退の理由を語る(前編)
「信条に反することはできない」 (5ページ目)
たった1度だけ、ふとした瞬間に斜視による物が二重に見える予兆を感じ取ったのだ。焦りを隠せなかった。
「手術を受けたことで本当に安心したし、この1年サッカーができたことをサポートしてくれたスタッフや先生に本当に感謝しています。でも……結局はまた症状が出るんじゃないかっていうこの恐怖心が自分の中で消えなかったんです」
彼女が言う恐怖の最たるものは、試合中に再び発症するかもしれない恐怖だった。大事な場面でボールが2個に見えて勝負が決してしまっては、一緒に戦ってきたチームメイトの努力をも無にしてしまう。“味方のミスをミスにしないプレー”が海堀の目指す形であるにも関わらず、努力ではカバーしきれない理不尽なリスクがチームに降りかかることを何よりも恐れた。
「それが出てからでは遅いんです。致命傷のプレーが出てからでは……」
折しもカナダW杯を戦い終えたなでしこジャパンは、集大成とも言えるリオデジャネイロ五輪へ向けて舵を切っていた。症状は改善されている。でも、この恐怖心をねじ伏せることが出来なければ、信条を貫くことはできない。それができない自分は、これまで培ってきた自らのプロ像に反する。
「ボールが2個に見えてたときは、その恐怖と戦ってた。いざ直ったら、今度は出るかもしれないという恐怖と戦わなければならなかった。結局は、その恐怖心を自分が克服できなかったんです」
無心で臨んだ皇后杯が終わり、再び自分に問いかけたとき、海堀の心は穏やかだった。この感情が、彼女の選ぶ答えとなった。
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