【WBC】「世紀の誤審」「韓国との因縁」「キューバとの決勝」 渡辺俊介が明かす世界一までの知られざる物語 (5ページ目)
── 決勝のキューバ戦、日本は1回に4点を先制。終盤追い上げられる場面もありましたが、10対6で勝利。渡辺さんも5回から3イニングを投げました。
渡辺 決勝トーナメントの韓国戦あたりからは、チーム全体が「世界一になれる」と確信していました。ただ、先発した(松坂)大輔はあの時、首を寝違えてしまって、マウンドで右手をブラブラさせると、それは「首の状態がよくないので、急いで肩をつくってくれ」という合図でした。僕は投げること自体は決まっていましたが、いつ行くかわからないリリーフの状況にはあまり慣れていませんでした。ブルペンで少しドキドキしながら見ていたのを覚えています(笑)。
── 記念すべき第1回WBCで、世界一に輝いた気持ちはいかがでしたか。
渡辺 世界一になった時は、信じられない気持ちでいっぱいでした。夢じゃないかな、と。前年の2005年、ロッテはシーズン2位から31年ぶりの日本一に輝き、アジアシリーズでも勝ってアジア1位に。そして今度は世界一。「持ってるな」というより、目が覚めたらプロ入り前に戻っているんじゃないかと思うくらい、信じられなかったですね。
渡辺俊介(わたなべ・しゅんすけ)/1976年8月27日生まれ、栃木県出身。國學院栃木高から國學院大、新日鐵君津を経て、2000年のドラフトでロッテから4位で指名され入団。03年から先発ローテーションに定着。第1回、第2回WBCに出場し、世界一を経験。13年限りでロッテを退団し、その後、アメリカの独立リーグやベネズエラのウインターリーグを経て、新日鐵住金かずさマジック(19年から日本製鉄かずさマジック)の選手兼任コーチとなり、19年12月に監督に就任。25年限りで退任した
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