「神経質なスラッガー」と「お山の大将」が変わった日 明秀日立・金沢監督が語る「能戸輝夢と野上士耀の成長曲線」 (2ページ目)
【転機となった2つの出来事】
ひとつは今年の春先、「なぜ、僕のことを怒ってくれないんですか?」と能戸のほうから金沢監督に言ってきたことだ。思いもよらぬ行動に金沢監督は驚いたが、その素直な言葉に、率直に向き合った。
「『怒りづらいんだよ。すぐ神経質になって、態度が顔に出る。こちらが気を遣わなきゃいけないくらいなら、怒りたくないんだ』と伝えました。それが、本人にはかなり堪えたみたいですね。そこから素直で謙虚に、そしてシンプルに物事を考えられるようになりました」
うまくいかないと殻に閉じこもりがちだった自分自身を見つめ直し、物事をシンプルに考えられるようになった能戸は、そこから本塁打を量産するようになる。高校通算本塁打は15本だが、そのほとんどは3年生の春以降に放ったものだ。潜在能力が開花し、金沢監督も「これはプロに行けるかもしれない」と手応えを感じるまでになった。
もうひとつは、夏前の出来事だった。主将としての責任感からか、下級生に向けた言葉が厳しすぎると感じ、金沢監督は「それは違うんじゃないか」とその場で注意した。それでも能戸は、「チームのために言ったのに」と納得できない様子だった。親に泣きながら電話をしたと聞き、金沢監督は能戸にトイレ掃除をするよう指示した。
「『それがわからないなら、トイレ掃除をして考えろ』と言ったんです。最初は彼も嫌々やっていましたが、僕と一緒にやるうちに、『どうだ?』と聞くと、『ただきれいになっただけじゃなく、雰囲気や見た目の明るさまで違います』と言うようになりました」
さらに金沢監督は、ただ命じるのではなく、自らも一緒やることが大事と力を込める。
「僕もやると決めたら、本気でやります。偉そうにするのでも、 "大人の怖さ"を出すのでもなく、そこは対等に。子どもたちに『やれ』と言うだけでは、『嫌だな』で終わってしまうし、罰として受け取られてしまう。汚くて嫌だという気持ちが薄れ、『ここをこれだけきれいにしよう』という意識が芽生えていく。その先で、『現象としてきれいになったからではなく、心の中がきれいになったから、輝いて見えるんだ』ということに気づかせるためには、やはり一緒にやらなければいけないんです」
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