「常に崖っぷちに立たされている感覚」のなかで、斎藤佑樹のモチベーションを上げた一冊の本との出会い (4ページ目)
でも、それをデータで見たら本当はどうなんだろうと、検証できるんです。たとえば「このバッターは、スライダーは振ってこないから、真ん中にポンっと投げればいい」と思えた感覚って、相手が見えたと言い換えられます。ところが、そもそもこのバッターは初球を振らないタイプだとか、初球のスライダーには手を出さないタイプだということがデータに表れていたりする。だから「相手が見える」と、「相手のデータを把握する」というのは表裏一体なんです。そういうことがおもしろくなっていました。
ただ、そこで難しいなと思うのは、打たれないところに投げればいいやっていう僕の感覚って、右脳で考えていることだったんです。僕がおもしろいと思っているデータは左脳で考えることでした。僕はマウンドでは右脳を大事にしたいし、バッターに対する自分の感覚を大事にしたい。データはこうだとしても、「いや、ここはストレートで勝負したい」というときがある。その結果、打ちとったときの喜びは大きいんです。その右脳の感覚は野球人としての僕の武器だったと思っています。
逆にデータを生かす左脳のピッチングは、後天的なものです。たとえば、相手バッターの打球速度と打球角度って、数字で出るじゃないですか。打球速度が遅いのに打球角度が高い選手はフライアウトが多い。だったらフライを打たせればいい、という答えが出てきます。そのバッターはホームランを打ちたいから打球角度を上げたいと思っているわけで、じゃあ、実際にホームランを打ってるボールを見たら、打球速度が遅いんだから、どうしてもその球種、コースは限られてきます。
ただし、厄介なのは打球角度が低いのに打球速度が速いバッターで、打球角度が低ければフライアウトを取りにくくて、ヒットになりやすい。しかも打球速度が速いから長打になるケースも増えてくる。そういうバッターにはゴロを打たせたいと思って投げます。どんなに強い当たりでも野手の正面ならアウトにできますからね。もう少しフォーシームが速ければ、データに基づいた駆け引きを存分に体現できたんですけど、ちょっと遅かったですね(苦笑)。
* * * * *
9月20日、平塚でのイースタンのベイスターズ戦。ファイターズの2番手として3回からマウンドに上がった斎藤は1イニング、21球を投げた。やはりストレートのスピードは出ない。2本のツーベースヒットを打たれて1点を失い、試合後、右肩に痛みを覚えた斎藤は病院へ向かった。そこで右肩の関節唇と腱板が損傷していることを知らされる。右ヒジではなく右肩──その時、彼はもう投げられないと悟った。程なく、斎藤は引退を決意する。
次回へ続く
斎藤佑樹(さいとう・ゆうき)/1988年6月6日、群馬県生まれ。早稲田実高では3年時に春夏連続して甲子園に出場。夏は決勝で駒大苫小牧との延長15回引き分け再試合の末に優勝。「ハンカチ王子」として一世を風靡する。高校卒業後は早稲田大に進学し、通算31勝をマーク。10年ドラフト1位で日本ハムに入団。1年目から6勝をマークし、2年目には開幕投手を任される。その後はたび重なるケガに悩まされ本来の投球ができず、21年に現役引退を発表。現在は「株式会社 斎藤佑樹」の代表取締役社長として野球の未来づくりを中心に精力的に活動している
著者プロフィール
石田雄太 (いしだゆうた)
1964年生まれ、愛知県出身。青山学院大卒業後、NHKに入局し、「サンデースポーツ」などのディレクターを努める。1992年にNHKを退職し独立。『Number』『web Sportiva』を中心とした執筆活動とともに、スポーツ番組の構成・演出も行なっている。『桑田真澄 ピッチャーズバイブル』(集英社)『イチローイズム』(集英社)『大谷翔平 野球翔年Ⅰ日本編 2013-2018』(文藝春秋)など著者多数。
フォトギャラリーを見る
4 / 4