1年夏で「高校野球は終わった」と悟った江川卓の控え投手は、公式戦わずか16イニングの登板で大洋から2位指名を受けた (3ページ目)
はたして、2回戦ではどんなピッチングを見せてくれるのか。甲子園に来た観客は、胸を躍らせた。
試合前、小倉南の監督である重田忠夫は、こう述べている。
「大差になると思っている。とにかく1点でも取りたい。全力を出すだけです」
試合の焦点は勝敗ではなく、江川から点を取れるのか、ヒットを打てるのか......だった。
北陽戦よりもストレートは伸びを欠いたが、それでも7回が終わった時点で10奪三振。点差も8対0と作新のワンサイドゲームとなり、8回から大橋が登板した。
「ピッチャーの交代をお知らせします。江川くんに代わり大橋くん」
甲子園にアナウンスがこだますると、観客席は少しざわめいた。
大橋は三塁側ブルペンから小走りでマウンドに向かう。憧れの甲子園のマウンドだ。一度は「高校野球は終わった」と思った大橋だったが、まさか甲子園のマウンドを踏めるとは夢にも思わなかった。マウンドに立つと、足が小刻みに震えているのがわかった。
「おい、落ち着け、落ち着け......」
大橋は自分に言い聞かせ、1球1球たしかめるように投球練習をし、あらためて球場をぐるりと見渡した。
「すげーなー」
憧れのマウンドに立つ喜びに浸っていた大橋だったが、球場を見渡すとその気持ちは消え、マウンドを預かるピッチャーモードに切り替わった。
先頭打者を力ないショートフライに打ちとると、後続もセカンドゴロ、センターフライと危なげなく三者凡退に切ってとった。9回も四球でランナーひとりを出したが、無失点に抑えてゲームセット。この試合が大橋にとって、最初で最後の甲子園のマウンドになった。
「小倉南戦の8、9回は気持ちよかったですよ。投球練習の最初の1球で、完全に落ち着きを取り戻した感じですね。ボールを投げた時、『おぉ〜』と観客席からざわめきのような声が聞こえたんです。『あっ、今日は(ボールが)走ってんだな』と勝手に思い、落ち着きました」
今まで数多くの甲子園球児を取材してきたが、大橋ほど甲子園で投げられたことをうれしそうに話す選手はいなかった。たった2イニングだけのマウンドだったが、大橋にとっては生涯忘れられない心地よい時間だったのだろう。
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