江川卓の投球に「高校生のなかにひとりだけメジャーリーガーがいる」対銚子商戦で1安打20奪三振の快投→甲子園出場を決めた (3ページ目)

  • 松永多佳倫●文 text by Matsunaga Takarin

 江川が高校時代、もっとも印象深いバッターとして真っ先に名前を挙げたのが、静岡高の植松精一(元阪神)と横浜高の長崎誠(元リッカー)だ。長崎は江川の出場したセンバツ大会で2本の本塁打を放ったほどの強打者。求道者のような佇まいを醸し出す長崎は、微笑みながら静かに答えてくれた。

「高校2年春の関東大会で成東の鈴木孝政(元中日)と対戦して3打席3三振で9回バット振って1回も当たらなかったんですけど、それでも怖さもなく打てる気がしたんです。でも江川は違います。打てるとかじゃなくて、当たる気がしないんです。軽くヒョイっと投げているのがバットの上を通り、カーブはぶつかりそうなくらいドライブが鋭いし、やっている次元が全然違う感じがして、カルチャーショックを受けました」

 横浜高ナインは、自分の打順が来て前のバッターとすれ違うたびに「どうだった?」と聞くが、みんな青ざめた顔で「球が見えねぇよ」とうつむいて答えるしかなかった。

 高校野球史に残る名将として名高い元横浜高の渡辺元智監督は、この時はまだ血気盛んな26歳の青年監督であった。

「松坂(大輔)は高校2年の明治神宮大会でちょっと名が知れた感じでしたが、江川は1年から特別で、そのすごさは耳に入っていました。たしかに松坂のボールのキレもすごかったですが、江川は低めからグィーンとホップしてくる。バットにかすらない。試合中に対策なんてできなかったです。今だったらバッティングマシンを150キロにセットしてガンガン打たせればいいですけど、あの当時はなかったですから。それに野球知識も豊富じゃありませんでしたし、走らせようと思ってもランナーが出ないですから。ただ関東大会の決勝で江川と戦ったことで、選手たちの目標が高くなったのは間違いないです。センバツで優勝するには"打倒・江川"しかないと」

 渡辺監督にあえて質問してみた。「江川卓と松坂大輔、どっちがすごかったか」と。渡辺監督は即答した。

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