近鉄最後の優勝戦士、北川博敏と交代して代打逆転サヨナラ満塁ホームランを見届けた男の今 古久保健二は日本→韓国→台湾で指導者になった

  • 阿佐智●文 text by Asa Satoshi

 今や常勝軍団となったオリックス・バファローズの本拠地として、ファンに認知されている京セラドーム。25年前に建てられたこのドームで、初めて日本シリーズが開催されたのは2001年のことだ。

 当時はまだクライマックス・シリーズのようなポストシーズンはなく、ペナントレースを締めくくったのは、今も語り継がれる北川博敏の代打逆転サヨナラ満塁ホームランだった。この時優勝を飾った大阪近鉄バファローズはもうない。皮肉なことに、この時近鉄の引き立て役に回ったオリックスが「バファローズ」の名を継承した。

 ところで、22年前に劇的なホームランを放った北川は代打だった。その北川に代わり、ベンチで歓喜の瞬間を眺めていた選手を覚えているだろうか。

 その"彼"は今、台湾の地で若い選手たちと歓喜の瞬間を味わうべく奔走している。近鉄バファローズ最後の優勝を、ベテラン捕手として支えた古久保健二だ。

来季から楽天モンキーズの指揮を執ることになった古久保健二氏 photo by Asa Satoshi来季から楽天モンキーズの指揮を執ることになった古久保健二氏 photo by Asa Satoshiこの記事に関連する写真を見る

【指導者としてのモットー】

「台湾に来たのが2019年からですから、もう5年になりますね」

 楽天モンキーズの本拠地・桃園球場のベンチで古久保はインタビューに応じてくれた。指定された時間は正午過ぎ。この日のゲームは午後6時開始だったが「いろいろやることがあるんですよ」と、選手がちらほら集まる前から球場入りする理由を述べた。

 古久保は2002年シーズンを最後に現役生活に別れを告げ、近鉄の二軍コーチに就任。その後チームは消滅したが、その指導力は他球団の請うところとなり、中日、ヤクルトと渡り歩いた。

 2013年にはオリックスのコーチとして、バファローズのユニフォームに袖を通した。ここで2シーズン過ごしたあとの行き先は韓国。日本生まれの名将、金星根(キム・ソングン)に声をかけられハンファ・イーグルスのコーチに。ここで1シーズン過ごすと、近鉄の先輩捕手であり現役時代最後の監督でもあった梨田昌孝に誘われ日本の「イーグルス」、楽天で3年間ヘッドコーチを務めた。梨田の退団を受けて自らも楽天を去った2018年オフに台湾球界から声がかかった。

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