1992年の猛虎伝 阪神移籍後の高橋慶彦は「新庄と代えて」と進言「真面目な話、心残り」 (3ページ目)

  • 高橋安幸●文 text by Takahashi Yasuyuki

 開幕5番の岡田は足の負傷もあって不振だったなか、4月25日の中日戦で7番に降格。チャンスの打席で代打に亀山が起用された。岡田本人の証言によれば、代打を出す可能性について、中村監督からの事前説明はなかった。プロ入り初の屈辱を味わわされ、試合後は「宿舎で荒れた」。以来、「やる気をなくして」シーズン後半は代打要員となった。

 それでも、終盤の優勝争いのさなか、岡田はパチョレックの故障でスタメンに復帰。4番として本塁打を放つなど結果を出した。ところが、パチョレックの復帰に伴い、コーチから中途半端な起用方針を示されて憤慨。優勝争いをするチームに貢献したい気持ちも消え失せ、「そんなんで優勝できへんわ。もう一切、試合に出えへん」とコーチに告げたという。

「そりゃ、オカはそうなるわな。若かったら別やけど、オカぐらい実績があって年齢もいってたら、ヘソ曲げるよな。その点、古葉さんはキヌ(衣笠祥雄)さん外すんでも、ちゃんと話し合って外してたからね。連続フルイニング出場の時がそうだったし。キヌさん、本当はどう思ってたかわからんよ。でも、ずっと最後までチームを引っ張ってたからね。

 監督業って、最終的には将棋の差し手なんよ。ただ、将棋の駒に心はないけど、選手には心があるから。人間やけんね。心がついてくれば、1+1は2じゃない。無限大になる。そのかわり、心がついてこないと、1+1がマイナスになることもある。92年はそこの失敗じゃないかな。最初からオカをうまく使って、最後に一枚岩になってたら、優勝していた可能性はあると思うよ」

【92年の経験が今に生きてる】

 2023年、岡田が監督として率いる阪神が18年ぶりにリーグ優勝を果たした。高橋によれば、1992年の阪神と切り離せないという。

「オカもね、あの時の苦い経験があるから、それが今に生きてるんじゃないの? 自分が選手として嫌な思いをしてるから。もちろん、阪神の監督で前(2005年)に1回優勝してるし、オリックスの監督もやったし、今回だけじゃないよね。だから、集大成じゃないかな」

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