ボビー流・ロッテ「日替わり打線」が爆発  2005年日本シリーズで「俺も、俺も」と乗せられた

  • 浜田哲男●取材・文 text by Hamada Tetsuo
  • photo by Sankei Visual

――ロッテは6回裏に3本のホームランで5点を追加。8回裏にも3点を追加し、2試合連続でふた桁得点を記録して10-0とリードを広げました。

清水 最終的なスコアは10-0ですが、5回までは2-0とロースコアの展開でした。2-0というのは微妙で、次の1点がどちらに入るかで展開は変わります。ベンチも少し重苦しい雰囲気だったのですが、6回裏に4番のサブローがホームランを打ってくれたのが大きかったです。

 それで、次の打者の(マット・)フランコもホームラン。阪神のピッチャーが先発の安藤優也から左腕の江草仁貴に代わりましたが、ベニー(・アグバヤニ)が二塁打を打って、その後にスンちゃん(李承燁(イ・スンヨプ))がホームラン。これは投げるほうとしてはつらかったでしょうね。

 この時の打線は本当に強力で、誰かが打つと「俺も、俺も」とみんなが乗せられていく感じでした。スンちゃんも、韓国では代表でも所属チームでもずっと4番を打っていましたが、ロッテではクリーンナップでも下位でも、任された打順できっちり仕事していました。人柄もよくて、チームにマッチしていましたね。

――1戦目、2戦目を快勝できた要因は?

清水 いろいろあると思いますが、ホームからスタートできたのが一番大きかったと思います。お互いに熱狂的なファンを持つ球団同士の対戦だったので、「ホームでやれる時は有利、ビジターでは不利」というのは、めちゃくちゃあったと思いますよ。甲子園からのスタートだったら、全然違う展開になっていたかもしれません。

――ファンの応援は心強かった?

清水 ちょうどこの頃に一気にロッテファンが増えて、「サポーター」と呼ばれ始めた頃だったと思います。勢いがものすごかったですし、心強かったですよ。点が入った時に盛り上がって、スタンドではファン同士での胴上げが始まったり。見ていて面白かったです(笑)。

――連勝スタートになりましたが、やはり阪神に怖さはありましたか?

清水 ありましたね。第3戦から甲子園での戦いになるわけですし、甲子園ではやり返されるんじゃないかっていう怖さは常にありました。

(阪神・関本賢太郎の証言3:ロッテホームは「威圧的だった」>>)

【プロフィール】
清水直行(しみず・なおゆき)

1975年11月24日に京都府京都市に生まれ、兵庫県西宮市で育つ。社会人・東芝府中から、1999年のドラフトで逆指名によりロッテに入団。長く先発ローテーションの核として活躍した。日本代表としては2004年のアテネ五輪で銅メダルを獲得し、2006年の第1回WBC(ワールド・ベースボールクラシック)の優勝に貢献。2009年にトレードでDeNAに移籍し、2014年に現役を引退。通算成績は294試合登板105勝100敗。引退後はニュージーランドで野球連盟のGM補佐、ジュニア代表チームの監督を務めたほか、2019年には沖縄初のプロ球団「琉球ブルーオーシャンズ」の初代監督に就任した。

◆清水直行703チャンネル>>

プロフィール

  • 浜田哲男

    浜田哲男 (はまだ・てつお)

    千葉県出身。専修大学を卒業後、広告業界でのマーケティングプランナー・ライター業を経て独立。『ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)』の取材をはじめ、複数のスポーツ・エンタメ系メディアで企画・編集・執筆に携わる。『Sportiva(スポルティーバ)』で「野球人生を変えた名将の言動」を連載中。『カレーの世界史』(SBビジュアル新書)など幅広いジャンルでの編集協力も多数。

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