梨田昌孝が語る西本幸雄の「闘将伝説」 背が高い選手には「ジャンプしながらビンタしていた」 (4ページ目)

  • 浜田哲男●取材・文 text by Hamada Tetsuo
  • photo by Sankei Visual

【雪でボールが見えなくても「集中力が足らんのじゃ」】

――西本さんは阪急でも近鉄でも、チーム状態が厳しいところから選手たちを鍛え上げ、何度もリーグ優勝するような常勝チームを作られました。先ほどは鉄拳制裁の話も出ましたが、厳しさは群を抜いていた?

梨田 すべてに対して、自分の考えることに妥協しない方でした。例えば、コーチなどが「こうじゃないですか?」と言っても聞く耳を持たない。そこは、とにかく徹底していましたね。

 ある日、高知県の宿毛市でチーム練習をすることになった時、すごく風が強くてボールが見えないぐらい雪が降っていた日があったのですが、当初の予定通りに練習を強行したんですよ。打撃コーチで西本さんの"懐刀"とも言われていた関口清治さんも、「監督、選手たちはこの雪でボールが見えないんじゃないですか。ケガをされたら困ります」と言ったのですが、西本さんは「あほんだら!集中力が足らんのじゃ」とすごく怒っていました。実際にボールはほとんど見えなかったのですが、練習は最後までやりましたね。

――そういったエピソードには事欠かなそうですね。

梨田 練習に対する厳しさはすごかったですよ。チームで移動している新幹線が遅れて、新大阪に夜中の2時に着いた時のこともよく覚えています。その時は翌朝の10時から藤井寺球場で練習する予定が入っていた。駅に着いたのが深夜2時ですから、選手たちがタクシーで自宅に帰って寝るとしても、早くて3時半くらいにはなりますよね。

 さすがに選手同士でも「練習は昼からか、休みになるか。いずれにせよ変更されるやろ」みたいなことを話していたんです。だけど結局は変更なしで、予定通りに10時から練習しました(笑)。

 北九州市民球場で試合が雨天中止になった時のこともよく覚えていますね。グラウンドがベチャベチャになっていますし、選手たちは「もうこれで終わりや」と思って帰りかけていた。でも、西本さんが「これからダッシュする」と言うんですよ。「体のキレをよくしないとあかん」と言って、びしょ濡れになりながらベンチ前で20分ぐらいダッシュをやりました。長距離走も含めて、とにかく走らせる練習が多かったですね。

(中編:「江夏の21球」無死満塁になって西本幸雄監督の表情が「ふっと緩んだように見えた」>>)

【プロフィール】
梨田昌孝(なしだ・まさたか)

1953年、島根県生まれ。1972年ドラフト2位で近鉄バファローズに入団。強肩捕手として活躍し、独特の「こんにゃく打法」で人気を博す。現役時代はリーグ優勝2 回を経験し、ベストナイン3回、ゴールデングラブ賞4回を受賞した。1988年に現役引退。2000年から2004年まで近鉄の最後の監督として指揮を執り、2001年にはチームをリーグ優勝へと導いた。2008年から2011年は北海道日本ハムファイターズの監督を務め、2009年にリーグ優勝を果たす。2013年にはWBC 日本代表野手総合コーチを務め、2016年に東北楽天ゴールデンイーグルスの監督に就任。2017年シーズンはクライマックスシリーズに進出している。3球団での監督通算成績は805勝776敗。

プロフィール

  • 浜田哲男

    浜田哲男 (はまだ・てつお)

    千葉県出身。専修大学を卒業後、広告業界でのマーケティングプランナー・ライター業を経て独立。『ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)』の取材をはじめ、複数のスポーツ・エンタメ系メディアで企画・編集・執筆に携わる。『Sportiva(スポルティーバ)』で「野球人生を変えた名将の言動」を連載中。『カレーの世界史』(SBビジュアル新書)など幅広いジャンルでの編集協力も多数。

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