DeNA松尾汐恩が語る甲子園の思い出「一番印象に残っているホームランは...」「最後の夏に負けた時はホッとした気持ちもあった」 (2ページ目)

  • 石塚隆●文 text by Ishizuka Takashi
  • photo by Sankei Visual

 結局この日の松尾は打者として2打数1安打、マスクは3イニングかぶり、計3人の投手の球を受けた。

「いろんな方と交流させていただき、いい経験になりました。バッテリーを組むにあたって、ピッチャーそれぞれ違う考え方があるのは勉強になりましたね。他球団のバッターはもちろん、キャッチャーの方々の試合に入る準備であったり、見て学べる部分はあったので、いいところは自分も取り入れていきたいなって。えっ、浅野との仲ですか? 今回いろいろ話すことができて、より深まったと思います(笑)」

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 さて、そんな松尾と浅野が活躍した、夏の甲子園が開催されている。大阪桐蔭の松尾は春夏4回、甲子園の土を踏んでいるが、春のセンバツと比べ、夏の大会というのはやはり雰囲気が違うものなのだろうか。

「そうですね。個人的な感想になりますが、春よりも夏のほうが観客の方も盛り上がっているように感じますし、自分としても夏のほうが負けられないっていう意識が強く、緊張感もありました。楽しいっていう言い方が合っているのかわかりませんが、そういった舞台で試合をさせてもらうのは、本当にありがたかったです」

 松尾は3年の春に全国制覇し、走攻守揃った捕手として注目を浴びた。甲子園では5本のホームランを放っているが、一番印象に残っている一発はどれだろうか。

「3年の春の決勝で打った一発もうれしかったんですけど、印象で言うと、やっぱり2年の夏の近江戦ですかね。(甲子園で打った)最初のホームランだったので、すごく思い出として残っています」

 大阪桐蔭にとって近江は、2年の夏をはじめ、3年の春の決勝で対戦した宿敵だった。松尾たちの目の前に立ちはだかったのは、近江のエース山田陽翔(現・西武)である。

「自分たちの代では、一番名前のあるピッチャーでしたし、意識していた部分はありました。正直に言えば、少なからず名前負けしていたところもあったと思います。2年の夏に近江に負けていたので、とにかく3年の春に決勝で当たった時は、負けたくはないって気持ちは大きかったですし、それがあったから優勝できたのかなって」

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