元阪神・田村勤はプロ初登板で被弾し、首脳陣の交代要請を無視。コーチはキレて野手はあ然としていた (2ページ目)
「もともとプロに入りたくて頑張っていたので、ここまでやってきてよかったなと。ただ、キャンプで張りきりすぎまして。早々にランニングとかダッシュで競争っぽいヤツがあって、負けたくないと思って一生懸命走ったら肉離れをして。それでキャンプを棒に振ってしまいました。当然、ピッチングも遅れて、投げられない時は腕ばっかり鍛えていましたね」
プロ初登板でいきなり被弾
プロ1年目、91年の田村はキャンプ最終日もブルペンに入れず、オープン戦での登板も叶わなかった。ようやく、試合で投げられる状態になったのは4月。ウエスタン・リーグのダイエー(現・ソフトバンク)戦で初めてプロのマウンドに上がった。だが、その1試合だけで一軍昇格となった。首脳陣の期待度は相当に高かったと思われる。
「二軍で結果を残して......ではなくて、投げられるようになったんだったら上がって来い、ということですから。期待はされていたと思います。でも、初登板でホームラン打たれましたからね。広島で、小早川さんに」
4月16日、広島市民球場での広島戦。阪神は先発の猪俣隆が6回まで2失点とゲームを作り、打線は4点をとってリードしていた。迎えた7回、1アウトをとった猪俣がランナーひとりを残して降板、田村に交代する。記念すべき一軍初登板だったが、5番の小早川毅彦に対して2球目のカーブをスタンドまで運ばれて同点2ラン。次打者の山崎隆造にも内野安打された。
「そこでピッチングコーチの大石(清)さんがマウンドに来て、『代わるぞ』って言われました。いまにして思えば、当然だと思います。でも、その時の僕は『絶対にマウンドを降りたくない』っていう気持ちが強かったんです。大石さんに『ボール、貸せ』って言われたのに渡さなかったんですよ。渡したらもう、使ってもらえないような気がして。
初めての登板じゃないですか。だから、その場にまだいたいというか。そんなこと、それまでなかったんですけど、知らんぷりをしいてたら大石さんがキレて。『いいから貸せ!』って言われて渡しました。野手の方たちはあ然としてましたね。『え?』みたいな(笑)」
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