わかっていても打てなかった魔球。伊藤智仁「右打者の背中を見て投げていた」 (2ページ目)
そしてもうひとつ、伊藤が意識したのがヒジの高さだった。
「横に滑るスライダーは、ストレートの時よりもヒジを少し下げて投げていました。目で見てもわからないほどの違いでしょうけど、自分のなかの意識として少し低い位置から投げていました」
◆「今の何?」スローカーブの名手・星野伸之が投じていたもうひとつの魔球>>
プロ入り後は高速スライダーのほかに、フォーク、カットボール、そして左打者に対しては縦に割れるスライダーも投げていた。
「フォークとカットボールを投げる時は、高速スライダーを投げる時とは逆にヒジの位置を少し高くしていました。ただ、今でこそカットボールなんてカッコいい呼ばれ方をしていますけど、僕らの頃は『ちょいスラ』ですよ(笑)。スライダーと同じ握りから中指でビュッとボールを弾く感じで投げたら、ちょっとだけスライドするんです。
また、左打者によく使った縦のスライダーは、握りやヒジの高さは高速スライダーと一緒ですが、ボールを切るのではなく抜く感じで投げていました。体重を右足(軸足)に残した感じで投げると、ボールへの力の伝わり方が変わって、ベース手前でキュッと落ちるんです」
ルーキーイヤーに7勝2敗、防御率0.91という驚異的な数字を残すも、シーズン途中で右ヒジを故障。その後もケガとの戦いが続き、通算成績は37勝27敗25セーブ。シーズンを通して一度も2ケタ勝利を挙げたことはない。それでも伊藤を「最高の投手」に挙げる人が多いのは、あの高速スライダーの鮮烈な記憶が忘れられないからだろう。
「高速スライダーと言われていましたけど、イメージだけですよ(笑)。実際にはストレートより球速は10キロほど落ちていましたから。ただ、スライダーには自信がありました。このボールがあったからプロ入りできたし、プロでも通用した。スライダーを投げる時はいつも『これで締め!』って投げていました」
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