わかっていても打てなかった魔球。伊藤智仁「右打者の背中を見て投げていた」

  • スポルティーバ●文 text by Sportiva
  • photo by Sankei Visual

魔球の使い手が語る
「伝家の宝刀」誕生秘話
伊藤智仁(高速スライダー)編

 この球を投げられたら終わり──。バッターを絶望に陥れ、多くのファンを魅了してきた「伝説の魔球」。それら「伝家の宝刀」はどのように生まれたのか。魔球の使い手が語った貴重なインタビューを掘り起こし、その秘話を振り返る。

 名将・野村克也が「別格」と語り、これまで数多くの投手のボールを受けてきた古田敦也が「わかっていても打てない」と評したのが、伊藤智仁の高速スライダーだ。ストレートと同じ軌道から急激に横滑りする伊藤のスライダーは、打者のバットに当てさせない、まさに「魔球」だった。全盛期こそ短かったが、そのインパクトは今も多くの人の記憶に残っている。

スライダーを武器に数々の伝説を残した伊藤智仁スライダーを武器に数々の伝説を残した伊藤智仁 伊藤が「伝家の宝刀」であるスライダーと出会ったのは意外と遅く、社会人になってからだった。

「それまではストレートとカーブだけで、空振りを奪えるボールがありませんでした。それで社会人2年目の時に、先輩にスライダーの握りを教えてもらったのが始まりでした」

 すると、自分でもびっくりするほどの曲がりを見せた。

「試しに投げてみたら、思ったよりも曲がって。1週間ほど練習したら先輩よりも曲がるようになっていました(笑)。試合で使ってみると、カウント球としても使えるし、決め球にもなってくれました」

 変幻自在に操れるようになり、正真正銘の「スライダー投手」となった伊藤だが、それによって失ったものもあった。

「スライダーを多投するようになってから、それまで自信のあったカーブが曲がらなくなってしまって......。コントロールも悪くなってしまった。スライダーを覚えたことで腕や体の使い方が無意識に変わっていたんでしょうね」

 伊藤のスライダーの特徴は、真横に滑るように曲がり、それでいてスピードも落ちない。「高速スライダー」の使い手として驚異の奪三振率を誇ったわけだが、いったいどのようにして投げていたのだろうか。

「ボールの回転数を高めたかったので、ツーシームの握りで縫い目に沿って人差し指と中指を置き、リリースの瞬間は縫い目を切るような感じで指先に力を入れていました。腕の振りはスライダーのほうが強いのに、コントロールはストレートよりも自信がありました。あと投げる時、目線を右打者の体に置くとアウトコース、背中のほうに向けるとインコースといった具合に、狙ったところに投げることができました」

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