森VS野村、投手交代の心理戦。史上最高の日本シリーズは「不動」が策だった (3ページ目)
森にとって、好投を続ける岡林をマウンドから引きずり降ろすことができれば、次の投手は誰でもよかった。しかし、野村は動かない。ヤクルトには岡林以上に頼れるピッチャーはいなかった。森が振り返る。
「打席に入った石井は、西武投手陣の中でもバッティングが得意なほうではありませんでした。1点負けていて、代打を送るべきケースだったかもしれない。でも、うちには石井以上の投手がいなかった。石井を代えるわけにはいかなかったんです。
ここで点を取れなくても、次の回は一番の辻(発彦・「辻」は本来1点しんにょう)から始まる。そんな思いもありました。同時に、『もしこの試合に負けたら、なぜ、石井に代打を出さなかったのか、と大いに叩かれるだろう』という思いもありました。それでも、ここは動けない。動くべきではない。それが私の判断でした」
両監督の思惑が複雑に絡み合ったまま、試合は進んでいた――。
【勝敗を忘れた「監督同士の戦い」】
そして、ワンボールツーストライクからの6球目、マウンド上の岡林が投じたカーブが真ん中に入った。打席に入る時に石毛宏典から授けられたアドバイスどおり、石井は「当てる」のではなく、「ぶつける」スイングで白球をとらえた。
この時、神宮球場ではセンターからホーム、レフトからライトへと風が舞っていた。打者は打撃に自信のない石井だ。センターの飯田哲也は俊足で守備範囲が広く、極端な前進守備を敷いていた。石井の打球はぐんぐん伸びていく。しかし、名手の飯田は確実にボールをとらえていた。左手を大きく伸ばす。白球が落ちてくる。
その瞬間――。
両軍ベンチ、そして3万4101人の大観衆は信じられないプレーを目撃する。飯田が差し伸べたグラブから白球がこぼれ落ちた。本当に信じられないプレーだった。こうして西武は1-1の同点に追いついた。その後、石井も岡林も最後まで投げ切ったが、延長10回で試合を制したのは西武だった。2-1、わずか1点の差で明暗が分かれることになった。
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