2020.11.10

ヤクルト奥川恭伸が一軍デビュー。
「甲子園スター」たちの初登板は?

  • 田口元義●文 text by Taguchi Genki
  • photo by Sankei Visual

 11月10日、今季最終戦となる神宮球場での広島戦で、ヤクルトのドラフト1位ルーキー・奥川恭伸がついに一軍デビューを果たす。

 星稜高校(石川)時代に春夏合わせて4度の甲子園出場。3年夏には自己最速の154キロを叩き出し、チーム24年ぶりの準優勝の立役者となった。高校時代から常に脚光を浴び、ドラフトでは3球団が競合したほどの逸材である。デビュー戦に注目が集まるのは当然だろう。

11月10日の広島戦でプロ初登板・初先発するヤクルト・奥川恭伸「甲子園のスター」のプロデビュー──現役選手だけに限れば、デビュー戦の大きな指針であり、高い壁として君臨しているのが西武の松坂大輔である。

 1998年の甲子園春夏連覇。夏の決勝ではノーヒット・ノーランと、数々の伝説を残した「平成の怪物」。その初陣は、衝撃的だった。

 1999年4月7日。プロ初登板初先発となった日本ハム戦の初回、3番・片岡篤史をインハイのストレートで空振り三振に打ち取った。電光掲示板に表示された球速は、松坂の自己最速を更新する155キロ。相手主軸にバットを放り投げてしまうほどのフルスイングをさせながら、バットにかすらせもしなかったルーキーの剛速球は、今も語り草となっている。

 初回を三者凡退に封じ勢いに乗った松坂は、8回を5安打9奪三振、2失点でプロ初勝利を飾った。シーズンでは16勝を挙げ、高卒ルーキーとしては45年ぶりの最多勝を獲得。言うまでもなく、新人王にも輝いた。

 その新人離れした成績によって、翌年から注目の高卒ルーキーたちの基準に、松坂の実績が頻繁に引用されるようになった。

「松坂以来」。その文句がスポーツ紙面などで躍れば、彼らの「前評判」は正当なものだと判断される。

 その基準のひとつをクリアしたのが、2005年の日本ハム・ダルビッシュ有だった。

 東北の2年生エースだった2003年夏に甲子園準優勝。3年のセンバツではノーヒット・ノーランを達成するなど、申し分ない実績を残してプロ入りしたダルビッシュだったが、故障などもあり、プロデビューは6月15日と比較的遅かった。