野村克也の打撃に門田博光は一目惚れした「ほんまもんのプロの打球や」 (4ページ目)

  • 谷上史朗●文 text by Tanigami Shiro
  • photo by Sankei Visual

「たしか4年目が終わったオフにノムさんの住んでいたマンションに選手が奥さん同伴で集まったんや。決起集会みたいなもんやったけど、そこで初めてサッチーと話して、それが関係したんやないかな」

 部屋に入ると、まだ野村と結婚前ながら公然の中であった沙知代が「カレーあるけど食べる?」と聞いてきた。門田は「誰がつくったんですか? コックがつくったなら美味しいのはわかっているのでいりません。でも、あなたのつくったカレーならいただきます」と返した。すると沙知代は「こんなええ子がパパとケンカするの?」と言ったとか......。

 門田はこのやり取りに「自分がどのくらいの男か計られて、結果、お墨付きをもらった気がした」と振り返った。

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 門田特有の感性による推測だが、そこまで想像させる空気感が日常的に野村側にもあったのだ。門田が打点王を獲った2年目のオフ、野球選手をゲストに招くテレビ番組でこんなことがあった。

「王(貞治)さんを育てた荒川博 さんとふたりで呼ばれたんやけど、荒川さんが『私の指導ならいつでも30本くらいは打たせますよ』と言うたのをオレは表情を変えんと聞いとった。そしたら、その番組をノムさんが見ていたらしく、ある練習の時に『おまえもええとこあるやないか』と言ってくるからなんのことかと思ったら、そのテレビのことやった。

 つまり、あそこでオレが愛想笑いのひとつでもして頷いていたら、『こいつも大した男やないな』でアウトやったわけや。ところが、そうせんかったからセーフ。あの時はあらためて怖い世界やと思ったわ。そこまでオレらはいつもタキシードを着とかなあかんのか、パンツ一丁にはなれんのかと思い知らされたんや」

 ふたりの繊細さと思考力溢れるエピソード。だからこそ、怪物揃いの世界でともにその名を深く刻むことができたのだろう。

 門田が野村と最後に会ったのは昨年6月。東京で学生野球資格回復の講習会を受けた時だ。東京ドーム内の野球博物館で集合し、杉下茂、福本豊、堀内恒夫らとの写真撮影後、車いすに乗って移動する野村に門田が声をかけた。

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