2018.07.04

不動産で失敗、馬は走らず…。
それでも中根仁はプロ野球で稼ぎ続けた

  • 元永知宏●取材・文 text by Motonaga Tomohiro
  • photo by Kyodo News

「プロ野球で1億円稼いだ男のお金の話」 中根仁(後編)

前編はこちら>>

 1988年のドラフト2位で近鉄バファローズに入団し、契約金5200万円をつぎ込んで不動産に投資するも、間もなくバブルが崩壊して借金を背負った中根仁。出鼻をくじかれながらも9年間活躍し、1998年に横浜ベイスターズにトレードで移籍すると年俸は一気に上昇した。

 計8回の手術に苦しみながら37歳まで現役を続けた中根が、高額年俸の選手でもまったく安心できないプロ野球の金銭事情の真実を明かす。

2003年、ベイスターズで15年の現役生活に幕を閉じた中根仁――中根さんはベイスターズに移籍して1年目の1998年に70試合に出場して、打率3割0分1厘、4本塁打、31打点を記録。2000年には103試合に出場して打率3割2分5厘、11本塁打をマークし、2001年にも104試合に出ています。2001年の推定年俸は8000万円でしたね。

中根 そうですね。やっと貯金ができるようになったのは1999年ぐらいです。

――その年の年俸は6000万円だったと思いますが、そこでやっとですか?

中根 年俸の半分は税金なんで、そのくらいはもらわないと。それと、年齢も30代半ばになって、遊び疲れてきたということもありましたけどね。

――プロ野球選手ならば、年俸以外の副収入もあると思うんですが。

中根 バファローズ時代は全然でした。当時はグッズも売れるはずないしね。そういえば、バファローズ時代に一口馬主が流行ったことがあって、先輩たちとみんなでやろうという話で盛り上がりました。僕も出資して、エサ代かなんかで、毎月2、3万円くらい払いました。でも結局、その馬は1回も走らず……。

――走らず? 勝てなかったのではなく?

中根 はい、走らなかったんです。馬のレポートは送られてくるんですが、「アキレス腱を痛めてリハビリ中」とか、そんなのばかり。しかも先輩たちに話したら、実は誰も買ってなくて、僕だけが損をした悲しい思い出があります。